刹那の瞬間も、あなたを探す
「何が……何がどうなってるのよ!」
その日、朝から刹那は学校に行かず街中を走り回っていた。
呼吸が乱れても気にすることなく、ただただ雑踏の中を刹那は走り続けた――目的地があるわけじゃない……それでもジッとしていられなかったから。
「どこに……どこに居るのよ……瀬奈君!」
瀬奈……彼女にとって大切な存在が消えた。
跡形もなく、最初から居なかったのではないかとさえ思うほどに……昨日の夜まで一緒だった……それなのに今朝になった途端、彼は忽然と姿を消した。
「……どうして……どうして!!」
スマホを手に瀬奈の連絡先を探すがどこにも見当たらず、消したはずがないのにこれはハッキリ言って異常だった。
何かがおかしい……何かが起きていることはすぐに分かったが、やはり愛する存在の消失は思った以上に刹那を不安にさせている。
「……雪ちゃん」
時岡雪……瀬奈の妹の名前はしっかりと残っていた。
自分が授業を受けていないこの時間帯は雪にとって授業を受けている時間……だというのに刹那は反射的に電話を掛けてしまった。
当然雪が応答することもなく、無情にもコール音だけが何度も鳴り響くだけ。
「……私ったら何をしてるのかしら」
そもそも瀬奈が居なくなったことを雪に相談したところで心配をかけてしまうだけなのに、それに気付いて刹那はそっと耳からスマホを離した。
この不明瞭な事態をどうにか収束しなければ……後で父と母にも相談し、糸口を見つけなければならない。
「最初からそうすれば良かったのに随分と慌てていたのね……まあ当然だけど」
クスッと笑うと少しだけ心が穏やかになった。
学校に向かうつもりは全くなかったが、それでもまず一旦マンションに戻ろうかと刹那は足を動かした……だが、すぐに彼女はまた絶望へと叩き落とされる。
「あら……?」
マンションが見えたところで雪から電話が掛かってきたのだ。
これはマズったと刹那が電話に出ようか迷ったところ、一度掛けた身なので無視をするわけにもいかず……どう言い訳をしようかと思いながら通話に応じるのだった。
「もしもし……」
『あ、刹那さんどうしたんですか? 通知があったのでびっくりしましたよ』
「ごめんなさいね。学校みたいだけど大丈夫なの?」
『休み時間ですから大丈夫です……まあ、あまり推奨はされてないんですけど』
「それもそうね」
やはり落ち着く声をしているなと思った矢先、雪はこう言葉を続けた。
『そう言えば冬休みに遊びに行く約束してたじゃないですか。私、ずっと楽しみにしてて……えへへ♪ 一人っ子だったせいで刹那さんに凄く会いたいみたいです』
「……え?」
待て……何を言ってるんだと刹那は呆然とした。
「ちょっと……ちょっと待ってよ……一人っ子ってそんな冗談を言うと瀬奈君が泣いちゃうわよ?」
『瀬奈君……? えっと……誰のことを言ってるんですか? あ、もしかして刹那さんの気になる人だったりするんです?』
「……………」
『刹那さん?』
ゆっくりと、刹那は腕を下ろした。
スマホからは僅かに困惑した様子の雪の声が聞こえ続けたが、授業が始まりそうとのことで切ったらしい。
「……………」
刹那はゆっくりとスマホをポケットに仕舞い、トボトボと歩き出した。
(……どうして……私、悪い夢でも見ているのかしら)
到底現実とは思えなかった……でも、しっかりと大地に足を踏みしめている感覚が刹那にこれは現実だと教えている。
電話をした雪は決して冗談を言っているつもりはなさそうだったし、何より瀬奈のことで雪が冗談を言うとは思えない……もう認めるしかない――雪は瀬奈のことを忘れてしまっている……否、覚えていないようだった。
「っ……」
それから刹那は父の覚馬、母の鏡花に電話を掛け瀬奈のことを聞いたが……二人とも瀬奈とは誰だと答えるだけだった。
組合にも向かい、瀬奈がお世話になっている早乙女にも話を聞いた……早乙女も瀬奈のことを全く覚えていなかった。
「……………」
刹那の世界から音が消えた。
色付いていた景色が灰色に変わり、全てがどうでも良いと言わんばかりに時を止めてしまう……おそらく、この世界で異常を認識しているのは刹那だけだ。
気を抜いてしまえば刹那さえも瀬奈のことを忘れ、この異常性を正常なモノとして認識してしまうのではないか……そんな恐怖が刹那を襲う。
「……瀬奈君」
もう一度スマホを手にアドレス帳を呼び出した。
何度探しても瀬奈の名前は見当たらず、どこ探してもやはり出てこない……刹那は新規作成ボタンを押した後、時岡瀬奈と入力して電話番号を打ち込んだ。
「……覚えてる……私は全部覚えてる」
名前の漢字も、電話番号も絶対に間違っていない確信がある。
刹那はその番号に電話を掛けたが、この電話番号は使われていないというテンプレのメッセージが返ってくるだけだった。
「……弱気になるな……弱気になるな刹那」
パシッと頬を叩き、刹那は自らに喝を入れる。
出口のない迷路に迷い込んでしまった感覚だが……それでも瀬奈に会いたいという想いだけは刹那を強くする。
しっかりと踏み込む足に力を入れ、刹那は瀬奈と一緒に住む部屋へと向かった。
「……居ないわよね」
やはり部屋に瀬奈は居ない……だが、希望はあった。
それは瀬奈の私物は残されていた……彼が居た証はハッキリと残っており、彼は確実に刹那の傍に居た証拠は残っていたのだ。
大丈夫……瀬奈は絶対にどこかに居る……そう思った時だった。
「ふむ……これが愛というモノか。凄まじいものだな」
「……え?」
振り向いた先、そこには着物姿の美人が腕を組んで微笑んでいた。
彼女は永遠――瀬奈の相棒であり、刀そのものだ。
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