刀はいずこへ

「……う~ん?」


 眠たい……死ぬほど眠たい。

 目を開けようとするとこの何とも言えない眠気……ふぅ、もう少し寝るとするか。


「兄さん、起きてる?」

「……起きてるぅ」

「いや、それ寝てるじゃん……」


 呆れた様子で雪が部屋に入ってきた。

 俺はそれにお構いなしで更に布団を掻き抱くように惰眠を貪ろうとしたが、雪は力づくで俺から布団を剥ぎ取った。


「もう良い時間だよ? ほら、早く起きる!」

「……うい~」


 また今日も雪に起こされちまったなぁ……うん? 今日も?


「どうしたの?」

「……いや、何でもない」


 体を起こしてすぐ、ボーッとした俺を雪が心配そうに見つめた。

 大切な妹に心配させるのも嫌なので、俺はすぐに頭に浮かんだ違和感を打ち消すように頭を振るのだった。


「お母さんが今日は早かったからさ。私が朝食を作ったんだよ」

「へぇ。母さんと同じで美味しいの確定じゃん」

「あははっ、だから早くリビングに来てよね」


 ニコッと笑って雪は部屋を出て行った。

 笑顔の雪に朝から癒されて早々、ぐぅっとお腹が鳴ったことで俺はすぐに支度を始め、準備を終えてリビングに向かった。


「いただきます」

「いただきま~す♪」


 今日の朝食は目玉焼きと味噌汁……このシンプルさがたまらん。

 醤油をちょろっと目玉焼きに掛け、味付け海苔も準備して全てが完璧だ――しっかりと昼まで持つように、雪と楽しくお話をしながら平らげた。


「ご馳走様」

「お粗末様でした。えへへ、美味しく食べてくれて嬉しいよ♪」

「ありがとな~。いやぁマジで美味かったよ……昔、病弱だった頃も料理の本とか読んでたっけ」


 そう言えばそんなことがあったなぁと俺は思い出した……のだが、雪は俺を見てポカンとした様子で首を傾げた。


「病弱って……何を言ってるの? 私、ずっと元気だけど……」

「……え? いやいや、雪は病気で……俺が……あれ?」


 ……うん?

 待て待て、俺は一体何を言ってるんだ……?

 雪は病気……にはなってなくて、ずっと元気だったじゃないか……この子の同級生が分かりやすく嫉妬するくらいに俺たちは登下校も一緒で……あれ? もしかしてこの歳でちょっとボケてる?


「本当に大丈夫? 風邪?」

「……ボケたかもしれん」

「やめてよ兄さん……まあでも、兄さんがおかしくなっても私がずっと面倒見てあげるからね!」

「おかしくなったらとか言うんじゃないよ」


 本当に……どうしちまったんだ?

 まだかなり時間には余裕があったため、俺は気分を落ち着かせるために雪が食器を洗い終えるまでテレビを見て時間を潰していた。

 ちょうど他所の高校の特集というか、剣道の全国大会に出場した学生たちが映っていたので何気なくそれを見ていた。


「……剣道ねぇ」


 剣道……全く以て経験がないけど、きえええええとか言って迫られたら怖くて俺だったら逃げ出してしまいそう。


『この度、女子の部で見事全国優勝を果たしました皇刹那さんです! おめでとうございます皇さん!』

『ありがとうございます♪』


 皇刹那……名字から金持ちの家系の匂いがするな……っ。


「……くそっ、またかよ」


 また少し、何かに対して違和感を抱いた。

 それが何かは結局分からなかったため、俺はジッとテレビを見続ける。


『元々、こういうのが得意でしたので続けていたんです。父もやっていたので、それで昔から教わっていたのが良かったのかもしれません』


 インタビューされている皇……正直、ビックリするほどに美人の女の子だ。

 顔面が整っているだけではなく、スタイルの良さも伝わってくるほどのパーフェクト美少女で、これが俺と同じ歳と言うのだから世の中は恐ろしい。


「兄さん、終わったよ?」

「お? 分かった」


 テレビを消し、俺は雪と一緒に家を出た。

 ずっと通っている高校までの道……やけに味気ないと感じるが、そんなことを口にすると雪の機嫌を損ねてしまうので絶対に言わない。


「兄さん」

「うん?」

「今日はすぐに帰る?」

「……そうだなぁ。特に何か用があるわけでもないし、すぐに戻ると思う」

「そっか。ならちょっとお買い物しようよ」

「良いぞ」

「えへへ、やった!」


 ということで、気が早いが放課後の予定も埋まった。

 学校が近付いてくると生徒の数も増え、美少女と言っても過言ではない雪の姿はとにかく目立ち、傍に居る俺に対する視線の強さも気になるくらいだ。


(……なんつうか、全然気にならねえな)


 この程度のことは恐れるほどじゃない……まあ嫉妬に狂って殺されたりするわけじゃないんだけど、何故かこれっぽっちも怖いとは思わない。

 少し前までそう思ったような気がしないでもないが……う~ん、ちょっと今日は朝から変だぞ俺……。


「それじゃあ兄さんまたね!」

「おう」


 雪と別れて教室に向かったところ、中に入った瞬間に二人の男子が俺を近づく。


「よお時岡。いい加減に妹を紹介してくれよ」

「可愛いから気になってんだって。なあ良いだろ?」

「はぁ? うぜえから失せろ」


 それだけ言って無視をするように席に向かう。

 雪を紹介しろ? お前らみたいなのに紹介するかっての馬鹿が。


「てめえ……」

「調子乗るんじゃねえぞ」

「乗ってねえよ。愛する妹を守るためだろうがボケ」


 そう言うと彼らは不思議そうな顔をしたが、すぐに顔を真っ赤にして距離を詰めてくる。

 鬱陶しいなと思いつつも相手してやろうかと思ったが……そこで俺は視界の隅に不思議な何者かを見た。


「……は?」


 着物姿の凄まじい美人が俺を見ていた……ような気がした。

 今のは……なんだ?

 俺はよく分からないことに首を傾げながらも、妹を狙う馬鹿どもに向き直った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る