研究者とのお話

 秋になって段々と肌寒さが目立つようになってきた。

 あと一月もすれば雪が降るだろうか……そうなってくると元々話をしていた雪と母さんがこっちに訪れる機会もやってくる。

 そんな風に一時といえ平和の時間を謳歌していた時、俺はとある場所に来ていた。


「よく来てくれたな時岡君」

「……いえ」


 俺の目の前で優雅に茶を飲んでいるのは白衣の男性――以前、探索者組合の受付で見た研究者風の男の片割れだ。

 彼と出会うのはあの時以来……ある意味で再会とも言えるが、特に嬉しい再会かと言われたらそうでもない。


「そう緊張しないでくれ。これは必要なことなのだからな」

「分かっています」

「良い子だ。あぁそうだった――俺のことは沢渡さわたりと呼んでくれ」

「うっす」


 男性……沢渡さんは満足そうに頷いた。

 さて、一体俺がどうしてあの時の研究者である彼と出会っているのか……これは覚馬さんから話されていたことだけど、あのダンジョンの不具合を引き起こしていた事件の解決のため、ロストショットを使ったことがそもそもの原因だ。

 魔物を操る力を持っていたあの男……彼がスキルを所持していたのは分かっていたことだが、そのスキルが魔力と併せて完全に失われていた――その出来事がとある事例と重なったこと、その話をするためだった。


「もう大分前になるが、君の学校に通う学生が突如として魔力を失うという事態が発生した。魔力とは遺伝なども含めて体に宿るものだが、本人の自覚無しに勝手に失われるということは今まで起きていない……そんな例外があったとなっては、我々としても調べないわけにはいかない」


 だろうなと俺は頷く。

 俺と刹那は気配を隠すアイテムを使って誤魔化していたものの、覚馬さんには一部始終の報告義務が発生していた。

 ある程度は誤魔化すと言ってくれたのもあって公にはなっておらず、この段階でロストショットの話が止まっているのは覚馬さんのおかげだ。


「君のスキルは魔力を直接失わせる……正確には魔力の結節点を破壊し、二度と魔力を練ることが出来なくさせる――恐ろしい力だが、逆に心が躍ったよ」

「え?」


 彼は……沢渡さんは腕を広げて言葉を続けた。


「俺は研究者だ。気になることは気になるし、どうでも良いことはとことんどうでも良い。今回の事件と、以前の被害者に関して気の毒には思ったがその程度だ。俺はその力の方がずっと気になる」

「……………」


 なんつうか……この人、生粋の科学者だ。

 漫画やアニメで言うマッドな雰囲気も若干感じる……それに、何より内側に存在している相棒がこの人を気に食わないと感じているらしく、それは俺に伝染してあまり良い気分は抱けない。

 ただ、この人はしっかりと良識を兼ね備えているらしい。


「色々と気になる……それこそ調べてみたいものだ。だが今回の事件において君は解決に尽力してくれただけでなく、もしかしたらもっと酷くなっていたかもしれない事態を防いでくれたわけでもある……それに皇さんとの約束もあるからな。悔しいが無理にとは言えない」

「はぁ……」

「それにあの被害者でもある彼らについてだが、彼らが人間として最低な行為や言動を行っていたことも情報として入手している。子が子なら親もということで、色々と目の上のたんこぶだった連中に罰が与えられるのも個人的には大歓迎だ。私刑を推奨するわけではないが、居なくなって清々する存在はいつの時代も居るからな」


 っと、結構ドライな性格でもあるみたいだ。

 それから簡単に話をした後、俺は彼が使う研究室から出た。


『あの男、おそらく刹那の家という後ろ盾がなかったら何か仕掛けていたな。私はそう推測するぞ』


 脳裏に響くように相棒の声が聞こえた。

 確かに漫画やアニメの見すぎかもしれないけど、ああいったタイプの研究者は自分の探求心を満たすことに全力を発揮する……刹那のご両親の後ろ盾がなかったら確かにそうなっていたかもなと俺は頷いた。


(……まあでも、仮にそうなったとしたら俺はたぶん色々と動くんだろうな。とはいえどっちにしろそれは仮定の話だ。今更考えたところで仕方ない)


 それでもある程度の警戒と注意はしておくに越したことはないだろうな。

 建物から出ると、しっかりと上着を着込んだ刹那が俺を出迎えた。


「刹那?」

「瀬奈君!」


 ササっと駆け寄ってきた彼女は俺に抱き着く。

 何もされなかったかと、何か嫌な話を聞いたんじゃないかと心配してくれる彼女に俺は大丈夫だと伝えた。


「ビックリしたぞ。家で待ってると思ったんだが……」

「心配だったのよ。居ても立ってもいられなかったわ」

「……そっか。ありがとう刹那」


 一応、この後に覚馬さんと鏡花さんが沢渡さんと話をするようだ。

 事件の顛末をある程度話す上で必要なこととはいえ、沢渡さんが俺のスキルについて知る上で契約のようなものも交わしているらしく、それだけ俺のことを覚馬さんたちが心配し大切に考えてくれているんだと思うと本当にいくら感謝してもし足りないほど。


(……何かお返しでもしたいところだな……なんかねえかなぁ)


 そんなことを考えつつ、俺はまず落ち着くために刹那を伴って近くの喫茶店へ向かうことにした。

 あれから既に何日も経ったが、まだまだ事件の裏に潜んでいるはずの組織はまだ全ては分かっていない。

 後は大人たちの仕事だと思うようにはしてるけど、やっぱりああいう形で関わった以上は気になってしまうのも仕方ないか。

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