刀と鞘

「……えっ?」

「どうしたの?」


 今は久しぶりに刹那とダンジョンに潜っている。

 あれから数日が経過したことでダンジョンにいつも通り入ることが可能になり、転移陣もちゃんと作動して元に戻っていた。

 まだまだ色々と気になる問題は山積みだが、そこは覚馬さんに随時教えてもらうことになっているので大丈夫だ。

 さて、そんな風に今こうしてダンジョンに潜っているのだが……相棒からちょっと意外な言葉を聞いたから俺は驚いたのである。


「いや……えっと……」

「相棒さんが何か言ったの?」


 おや、刹那もそこまで察してしまうようになったのか……。

 ここまで言われたら別に良いかと思いつつ、俺は彼女に提案するように相棒の言葉を伝えるのだった。


「実は……今日の夜さ」

「うん」

「相棒が……自分を抱きしめて眠ってくれって言うんだよ」

「……うん?」


 首を傾げた刹那にそりゃそうなるよなと俺は苦笑する。

 ただ俺が今言ったことは何も間違っておらず、脳内に響いた相棒の言葉は確かにそういうものだった。

 俺の手から離れたら消えるはずだけど、どうやら強い繋がりがある相手は別とのことで刹那は大丈夫なようだ。


(強い繋がりっていうと……愛か? それか――)


 もう一つの可能性を考えて俺は頭を振った。

 取り敢えず刀を手にしたまま眠ってくれというのが刹那に対する相棒の言葉で、突然にこういうこと言い出したものだから驚いた俺の気持ちが分かってもらえたと思う。


「それって……えっと、刀を抱きしめて眠れば良いの?」

「……うん」

「そう……」

「なんかごめん」

「ううん、驚いたのよ……うん」


 この空気……めっちゃ嫌だわ相棒のせいだぞ。

 微妙な空気になってしまったが、取り敢えず相棒の言いたいことは伝えたので俺はもう何も言わない。

 刀を手に眠るというのは危険かと思われるが、とことん素晴らしい切れ味を持つ相棒だからこそその逆も簡単にできる……ま、大丈夫だろ。


「気を取り直して体を動かしましょうか」

「おう」


 それから俺たちは思う存分体を動かした。

 天使と出会った空中庭園にも向かい、もしかしたら会えるかも思ったがやっぱり会えないことに少しガッカリしつつ、強い魔物たちが溢れかえるエリアなのに静かな場所を見つけて休憩したりと……久しぶりのダンジョンは少しだけピクニック気分だ。

 もちろんしっかりと警戒はしつつ、そんな時間を過ごしてからダンジョンを出る。


「……?」


 ダンジョンから出た後、チラッと入口に振り返ると大勢の探索者が出てきた。

 どうやら俺たち同様に久しぶりのダンジョンということでいつも以上に利用者が重なったようだ。


「中毒かよ……」

「ふふっ、私たちも言えないけれどね」

「いや、流石にあれほどじゃあないぜ?」

「それもそうね」


 ダンジョンがないと……困りはするけど死にはしないからな。

 まあそうなると探索者ではない人たちの声が一気に大きくなり、色々と大変なことが起きそうだがそんな時が果たして来るのかどうか……考えるだけ無駄だな。


「今日は何にする?」

「う~ん……すき焼き!」

「良いわね。それじゃあお肉を買って帰りましょう」


 そんなこんなで今日の夕飯も決まった。

 スーパーに寄ってから肉と野菜、豆腐などを買ってから帰宅し二人だけのすき焼きパーティを堪能する。

 店で食べる鍋物も最高だが、やはりこうして自宅で彼女と囲む鍋も一風変わった美味しさで素晴らしい。

 そうして時間は過ぎて刹那が風呂に行っている間、先に寝室に来ていた俺は手の平に刀を呼び出す。


「なあ相棒……なんであんなことを言ったんだ?」


 どうやら俺には秘密なようで一切何も言ってくれなくなった。

 困った相棒だなとジッと見つめていると刹那が戻ってきたので、試しに彼女に刀を手渡した。


「消えたりしないの?」

「大丈夫みたいだ。おまけに刀身もツルツルだぞ」

「……あら本当」


 器用なことに刀身は光り輝いて鋭利に見えるのにツルツルという仕様だ。

 刀を抱きしめるというのは中々に難しいかと思っていたが、刀が突然眩しく輝き始め、光の粒子となるように刹那へと吸い込まれた。


「えっと……?」


 首を傾げる刹那に俺はもう分からないと頭を振るしかない。

 消えたとは言っても相棒との繋がりが消えたわけではないので、今日はもうこのまま眠るしかなさそうだ。

 果たして相棒は何を刹那にするつもりなのか……まあ悪いことでないのは確かなので明日の朝にでも刹那に聞くとしよう。


▼▽


 それは刹那にとって不思議な空間だった。

 真っ白な世界に取り込まれたかと思えば、目の前に現れたのは着物美人……瀬奈から話を聞いていたので、彼女が無双の刀だと分かった。


「相棒さん?」

「うむ。ご主人の相棒だ」

「……まさかこうして会えるなんてね」


 間近で見る無双の刀は恐ろしいほどの美人だった。

 刹那も美人過ぎる見た目ではあるのだが、そんな彼女ですら見惚れてしまうほどに美しい存在だ。

 彼女は……相棒はどうしてここに呼んだのかを伝えた。


「単刀直入に言わせてもらう。今回はお前に頼みがあった」

「頼み?」

「うむ……その、なんだ。少しで良い……いつか体を貸してくれないか?」

「……体を?」


 目を丸くした刹那に相棒は頷く。


「私はここでずっとお前たちのやり取りを見ていてな。それで少し、人間の営みというものに興味が沸いた」

「興味?」

「そう……私も少し、ご主人としてみたいことがある」


 その提案を聞いて刹那は顔を赤くしたが、相棒は淡々と言葉を続ける。


「ご主人の刀を私も鞘として受け止めたい」

「上手いこと言ってるんじゃないの!!」


 もちろん、刹那が却下したのも当然だった。

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