相棒

「……あれ、ここは……」


 それは不思議な空間だった。

 俺は確か事件を完全にではないが、解決に向かうのを見届けた後に刹那の実家にお邪魔し、覚馬さんたちと話をしてから刹那と一緒に眠ったはずだ。

 今俺が居るのは全体的に真っ白という不思議な空間で、俺という存在以外に何もない場所だ。


「……うん?」


 しかし、どうもそうではなかったようだ。

 一際眩しく目の前で何かが光ったかと思えば、俺の眼前に現れたのは夢想の太刀――相棒だった。


「相棒……?」


 いつもなら俺の手の平に現れるはずなのに、何も言わずにそっと現れるのは初めてだ……つまり、もしかしたらこれは夢……か?

 相棒の声は自然と聞こえてくるものだけど……何か用か?


「……え?」


 再び、相棒の光り輝き始めた。

 あまりの眩しさに目元を手で隠してしばらく耐えていると、俺しか居ないはずのこの空間に誰かが現れた気配を感じる。

 誰だ? そう思って目を開けると、俺は驚愕に目を見開いた。


「あ……」

「ふんっ」


 ツンとした様子で顔を背けたのは一人の女性だった。

 刀と同じ淡い紫の輝きを放つかのような美しい髪と少しばかり彫りの深い顔立ちだが恐ろしく整っており、豊満な肢体を包み込むのは黒と赤を基調とした着物だった。

 背も高くおそらく175くらいはあるのではないかと思われる。

 どうやって支えているのか分からないが、肩を出すように着物を着崩しているのでその谷間が見えているが……俺は取り敢えず彼女の顔に視線を固定させる。


「君は……?」

「分からないのか? 今まで何度も話はしてきたはずだが」


 そう言われて俺はまさかとある答えが出た。


「……相棒?」


 彼女は……相棒は頷いた。

 咄嗟に分からなかったことが気に入らなかったのか、少しばかり睨んでくるのが少し怖い……でもそんなの分かるわけないだろうと俺も言いたい気分だ。


「まあ、夢の中でなければこうして会うことも出来ない。本来の私は刀であり、ご主人の想いの形だ――おそらく、こうして話をする機会がこれが最初で最後かもしれないな」

「……これは夢なのか。なら、俺が作り出した妄想の夢ってのも考えられるけど?」

「そう思いたければそれでも良い。私は一向に構わん」


 腕を組んで彼女はふんぞり返るようにそう言った。

 見た目からもそうだし喋り方からも分かるがかなり気が大きいというか、どこか女帝のような雰囲気を醸し出している。

 リアルでは相手をしたくないなと思いつつも、刀が擬人化するとこうなるのかと少し興味深い気分だ。

 でも……仮に彼女が相棒だとしてどうしたんだろうか。


「目的は一つ、少しばかり尻を叩いてやろうと思ってな」

「……はっ?」


 尻を叩くってどういうことだ……?

 それは物理的な意味ではなく、本当に叱責のようなものだったらしい。


「ご主人はとても優しい、それは私はよく理解している。だが、悪人に対して慈悲を抱く必要はないだろう」

「っ……それは」


 まだ全容を聞いてはいないものの、これだけで何が言いたいのかよく分かる。

 つまり、悪人に対して罪悪感を抱くなと彼女は言いたいんだろう……まあその言葉の意味はよく分かるし、俺もその必要はないと考えてはいる。

 それでもやっぱり考えてしまうんだ……なんて思っていると、本当に物理的にバシッとケツを叩かれた。


「だからそれをやめろと言っているのだ。優しさを捨てろと言っているわけではないが、奴らはこの世の禁忌を犯そうとした……もしもご主人が居なかったら最悪の事態になっていたかもしれぬ。そうなった時、ご主人が守ろうとしている存在が根こそぎ失われていたやもしれんぞ?」

「っ……」

「誤解をするなよご主人。何も無差別に、それこそ犯罪者に対して軒並み力を使うなと言っているのではない。相対した者だけで良い、その力を使うということはそれだけ許されぬ愚行をするということ――ご主人、二度目になるがあなたはとても優しく正義感が強い。であるならば、あなたのすることは間違ってなどいない」

「……相棒」


 相棒の言葉は強く俺の心に沁み込んでくる。

 そう……だな。

 確かに相棒が言うように全ての犯罪者に対してというわけではなく、目の前で相対した相手に対してロストショットを使うというのはそういうことだ――相手が何かしらの間違いを起こそうとしている、それは今までも確実だった。


「変な正義感に突き動かされることもなければ、物は試しにと使うような悪趣味なこともない……あなたは私が見込んだ使い手だ。なんなら間違ったことをしようとしたら私が叱責をしよう。だからもう、このようなことでくよくよするな――本来であればあなたのパートナーが言うべきなのだが……彼女も優しすぎる」

「ははっ……でもそうか。なんか、妙に心に来たよその言葉が」

「うむ。まあ私としてはあなたには常に最強で居てほしいだけだ。私を使うということはそういうことなのだから」

「……そうか。分かった」


 言葉一つで気持ちがスッキリするのも不思議な気分だ。

 けれどそうだな……くよくよ悩む必要なんてなく、俺は間違っていないんだと自信を持つことが大事なんだ。

 もちろん正しいと思い込むのではなく、常にその辺りは気を付ける必要はあるが。


「ふふっ、良い顔になったなご主人」

「ありがとう相棒。わざわざ夢に出て来てくれるなんてな」

「見ていられなかっただけだ。それに……」

「相棒?」


 相棒は一度言葉を止め、そしてこう続けた。


「私の力は概念を斬る……ある意味でロストショットはそこの派生とも言える。ダンジョンという造りそのものにすら影響を与えることが出来る力……力に溺れなければ問題ない。これからも私はあなたに力を貸そう」

「あぁ。ありがとう!」


 本当に、素晴らしい相棒に出会えたものだ俺は。

 その後、相棒と少し雑談をしてから俺は目を覚ますことになる……ただ、最後にボソッと相棒は呟いた。


「……しかし、こうして体を持ったのであれば色々と経験したいものだな……しかし時間がない。ふむ……また無理やりにここに呼ぶか」


 それはどういう……そこで俺は目を覚ました。 

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