新たなスキル

「……いや、考える必要はなかったな」


 どうするよ相棒、そう言って手を止めたけど考え直す。

 俺を包むこの黒い球体が何かは分からないが、何となく察したのは不思議な力が働いて元の世界から隔離されたことだ。

 元の世界から隔離というと難しい言い方だけど、ようは何をしても抜け出せない分厚い壁に覆われているという認識だ。


「触れても問題はない……まさかこれ、ダンジョンと同じ感覚か?」


 ひんやりとした感触はどこかコンクリートを思わせる。

 ただ触っている感覚はダンジョンの壁に触れているようなもので、やはりこういった不可思議なアイテムはダンジョン産のマジックアイテムと相場は決まっている。


「何も分からなかったらちょっとは不安になったかもしれない。でも、こうなると全然不安じゃないな」


 この壁がダンジョンの性質と同じなら、やはり恐れるものはない。

 刹那に電話で何も慌てないでくれと言いはしたが、やはり一時とはいえ彼女に心配を掛けるのも嫌なのだ。

 俺は刀を握りしめ、居合抜きをするように構える。

 そして、一気に刀を振り抜いた。

 漆黒の世界に光が入り込むように、刀の切っ先によって生まれた光の一閃は綺麗な軌跡を描いていく。


「……なっ!?」

「こ、これは……大垣さん!」


 パリパリと音を立てて黒い球体が崩れ去り、俺の視界は元の景色へと戻った。

 真っ暗な中に居たせいか、夜だというのに街頭の明かりが少し眩しい。


「うん? もう気絶から起きたのか。少し軽かったかな?」

「クソガキが!」


 こいつ、やっぱり沸点が低いな。

 ただ……さっきは居なかったこの大柄の男に関しては少し別だ――肝が据わっているというより、明らかに場慣れしている様子が伝わってくる。


「気配変えの衣か……声からして何となく学生なのは分かる」

「だから?」

「いや、素直に驚いているだけだ。あの黒い球体は対象者を閉じ込め、圧縮して潰すことが出来る。本来であれば魔物に使用するアイテムなんだがな」

「アンタ、つまり俺を殺そうとしたわけか」

「俺ではない。その馬鹿が気絶したことで保険が発動しただけだ」


 いや、ヤバい奴の間違いかもしれない。

 二人の男と向き合っている中、俺の背後に降り立つ存在が居た――刹那だ。


「瀬奈君」

「来たか。俺の後ろから動かないでくれ」

「分かったわ」


 特に何があったかも聞かず、俺の言うことを聞いてくれることに感謝した。

 俺も刹那も気配を変えているので誰かは分からないだろうが、それでも学生というか子供であることだけは分かるようで、大柄の男は俺たちのことを物珍しそうに見つめてくる。


「ふむ……中々見込みのあるガキ共だ。このようなカスでなく、お前たちのような強い者が味方ならどれだけ楽か」

「……くっ!」


 こいつの言うことが全部刺さっているようだが……まあ良い。

 あっちの男は特にもう心配はなさそうだし、こっちの男に神経を集中させよう。

 敵が一人増えたところで特に問題はないし、相棒も余裕余裕と言っているかのようなので警戒しつつ刹那を守る。

 俺は奴らから視線を逸らさずに質問する。


「最近の一連の事件、お前らが犯人か?」

「その通りだ。面白いスキルを発現した奴が居てな――前代未聞の魔物を使役し、魔物をダンジョンの外に出すことが出来るスキルだ」

「なに……?」

「そんなものが……」


 えっと、スマホの録音機能は取り敢えず作動させておくとして……。

 しかしこの男、かなり余裕そうな態度を崩さない……やっぱり何か奥の手のようなものを隠しているのだろうか。

 とはいえ、魔物を外に出すことの出来るスキル……拘束されていたのとはまた別の何か……レアスキルだろうな確実に。


「何をするつもりなのかしら? 碌なことではなさそうだけど」

「簡単なことだ。新しい世の中を作り上げる――ダンジョンに溢れる魔物を外界に解き放つことで、更なる混沌を呼ぶのさ」

「……なあおっさん、中二病はもう卒業しろよ」

「ふっ、まあそう思われてもおかしくはないか。だが言わんとしていることはお前たちも理解出来るだろう?」


 それはもちろんだ。

 本来ダンジョンの中に居るからこそ、魔物は魔物である……一般の人が多い外界に解き放たれでもしたら、それこそ大変なことになる。

 探索者の方が数は少ないので、全ての人たちを守ることは不可能だ。

 それこそ、力ない人は片っ端から魔物に襲われて食われてしまうはず……そうなると俺の脳裏に浮かんだのは雪と母さんの顔だった。


「させると思ってるのか?」

「くくっ、お前こそ態度は改めた方が良いぞ? 俺とこいつに何かあったら、すぐに計画は更なる段階に移行する。言っただろ? 面白いスキルを発現した奴が居るってな」

「……………」

「瀬奈君……」


 背後で不安そうな様子の刹那に俺は笑いかけた。

 動きの止まった俺たちを見て男は調子にでも乗ったのか、聞いてもいないのにダラダラと話し始めた。


「何かあっても良いように魔力を繋いでいるからすぐに分かる……くくっ、動かせる魔物は多い。街中に放たれたくなければ動くな」

「……なるほどな」


 こいつは少々面倒かもしれない……なんて思った時に何かが閃いた。

 実を言うと、こんな状況であっても俺はやっぱり落ち着いていた――だからこそ刹那に笑いかけたのもある。


「……あぁ。そうだな相棒」


 相棒が俺に問いかけた。

 新たな力を、スキルを使えと。


「刹那」

「大丈夫よ。あなたのしたいがままに」


 本当に信頼が厚くて助かるよ。

 奴ら二人は完全に形成が逆転したかのように笑っているが、俺はその場から一気に動く。

 大柄な男に肉薄し、刀を腹に向かって思いっきり刺した。


「ぐっ……なに? 痛くない?」


 困惑した様子の男の体に流れる魔力を相棒に覚えさせる。

 そして俺はスキルを発動する。

 

【空間跳躍】発動


 スキルを発動した瞬間、俺は刀で何もない宙を斬った。

 するとその場に穴が開き、その場に飛び込むと全く別の場所へと飛んだ。


(全く違う場所へと瞬時に飛ぶスキル……転移とも違うのかこれは。あくまで概念を切り裂く力の応用で空間に穴を開けた……ま、分からねえけど)


 これも剣神と剣聖のスキルがあるからこそ出来るものだろう。

 飛んだ先に居たのはひょろっとした不気味な風貌の男……奴は突然現れた俺に驚いた顔をしたが、異常事態だと見て何かをしようとする。

 おそらくはスキルを発動させる前動作、刀で斬るよりももっと速いものがある。


【ロストショット――剣閃】


 これもまた出来ると思ったからこそ使って見たものだ。

 魔力を這わせた矢を飛ばすことで発動するロストショット、だがそれを刀から発する衝撃波によって発生させた。

 貫く対象の魔力を永遠に失わせる必殺の一撃が、男を斬った。

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