その瞬間、来たれり

「……なあ刹那」

「……何かしら?」

「どうしてこんなに馬鹿が多いんだろうな」

「さあ……その、馬鹿と言いたくはないけど馬鹿ね」


 そのニュースは唐突に耳に入った。

 ダンジョンの中に決して入ってはならないと言われていたにも関わらず、馬鹿な探索者が何人か中に入り込んだ。

 そして待ってましたと言わんばかりに再び転移陣が動作しなくなり、残された奴らが慌てるという救いようのない出来事が発生したのである。


「まあ何事もなくて良かったけどさ」


 結局、何事もなく転移陣が後になって作動したことで救出されたけど自分の身のことを考えれば迂闊なことは出来ないはずなんだがな。

 とはいえ流石にここまで来ると組合も本腰を入れるようだ。

 今回ダンジョンに入った探索者含め、これから数日間の間に入った者には重い罰を与えると発表され、一部では頭の固い連中が反感の意を表したりしたが、お前らを守るためなんだよと声を大にして言いたい。


「私たちの知り合いがあんな人たちじゃなくて助かったわ」

「まあな。というか、普通に考えれば分かることなんだ。分からない方がちょっとおかしいんだよ」


 なんてことを言いつつ、俺としては今日は大事な日になる。

 数日前に覚馬さんと話し合うことで現状に対する打開として、無双の太刀を使うのはどうかと提案し、それを実際に行おうというのが今日だ。


「刹那ちゃん~!」

「あら、どうしたの沙希さん」


 刹那の背後からギュッと沙希が抱き着く。

 既に放課後になって生徒たちはみな帰ろうとしている中、何やら沙希は不満気な顔で刹那に引っ付いて離れない。

 これは刹那自身に何かがあるわけではなく、単純に沙希自身の問題か?


「最近、ダンジョン行けなくて色々溜まってるよぉ」


 やっぱり思った通りだったよ。

 ただまあ沙希は我慢が出来ない子ではないので、別にダンジョンに行かないとどうしようもないほどに落ち着かないなんてことはない。

 傍に控えている夢も苦笑しているので軽い冗談みたいなものだ。


「ダンジョンに行かない分みんなとのんびり過ごせるのは良いんだけどねぇ」

「わ、私もそれは良いかなって思ってる。楽しいし」

「私だって同じよ? 沙希さんや夢さんと過ごすのは楽しいもの」

「刹那ちゃん!」


 更に強く沙希は抱き着いた。

 背後から刹那のお腹に腕を回すようにしていたが、じりじりとその手は上へと昇っていき刹那の豊満な胸元に触れた。

 刹那は特に振り解くようなことはせず、若干病んでいる様子の沙希を気遣ってか好きにさせるようだ。


「ねえ刹那ちゃん。何を食べればこんなに大きくなるの?」

「何って……特別な物は食べてないわ。あぁでも、よく体に良いって言われる牛乳とかは飲んでたわ。冷や奴とかも大好きで豆腐も食べてたかしら」

「なるほど……それがこの結果ですかい」


 触れるだけに飽き足らず、むぎゅっと沙希の綺麗な指が刹那の柔肉に沈む。

 ちなみに周りにそこまで人の姿がないとはいえ、まだ学校なのにこういうことは刹那の彼氏として控えてもらいたいものなんだが……。

 それからしばらく、刹那の胸の感触を楽しんだ沙希は標的を夢に移した。

 夢は咄嗟に俺の背後に隠れ、それならばと沙希は手をわしわしと動かしながら俺の胸に触れた。


「……固いね」

「張っ倒すぞ」

「めんご~!」


 全く悪びれもせず、沙希は買い物があるからと走って行ってしまった。

 夢も今日は兄と買い物があるとのことで、沙希の後を追うように手を振りながら歩いて行った。


「夢さんってお兄さんが居るの?」

「あぁ。あまり会ったことはないんだけどな」


 チラッと見た程度で話をしたことはないし、名前すらも聞いたことはない。

 探索者ではないことだけは知っていて兄妹仲はすこぶる良好とのことらしく、本当に時々だけど刹那と知り合う前は夢と兄妹の話で盛り上がったこともあった。


「じゃあ俺たちも帰ろうぜ」

「えぇ」


 最初はどこかに出かけようかと考えていたのだが、夜のことを考えて可能な限り休んでおくことにした。

 俺たちだけでなく、覚馬さんも居るので万が一はないだろうが……それでも万全を期すに越したことはない。


「……それがこれか」

「良いじゃないの」


 ということで、帰ってすぐに刹那から膝枕をされていた。

 まるで束の間の休息と言わんばかりの癒しではあるけど、こうして彼女に甘えたらそれだけ俺もやる気が漲るというものだ。

 暗くなるまで刹那とそんな風に過ごし、風呂と夕飯を済ませてから俺たちは大人たちが使うダンジョンの入口へとやってきた。


「覚馬さん」

「来たか二人とも」


 既に覚馬さんは到着しており、少し離れた場所で異変を計測するためにマジックアイテムやスキルを使っている人がそれなりに居るようだ。

 今回することを簡単に説明はしているらしいが、俺の力がどんなものであるかは伝えていないようで、それに関しては上手く誤魔化せるらしい。


「結構大がかりなのね」

「当たり前だ。さて、しばらく見守るとしよう」


 覚馬さんはスマホで連絡を取りつつ、入口に視線を向けた。

 俺たちを囲むように気配を完全に遮断するスキルが使われており、他のSランクの探索者ですら補足するのは難しいとのことだ。

 俺と刹那、覚馬さんはジッとその時が来るのを待ち続ける。

 どのような形でダンジョンの入口に攻撃が仕掛けられるかは確かめられていないのだが、実際に何か異変が起きればそれは結果として現れる。

 それを少しでも確認出来た瞬間、気配を全く別のモノに変えるローブを装備した俺が相棒を手に斬りかかるのが流れだ。


「……………」

「……………」

「……………」


 俺たち三人の間にあるのは沈黙、おそらく待機しているであろう人たちも同様だろうか。

 それから数分、数十分と一言も発することなくその時を待ち……そして、何かが起こったわけではないが、俺は自分の中で相棒が反応したのを感じた。


「覚馬さん」

「来たか」

「っ……」


 その瞬間、赤く何かが揺らめいた。

 それは炎のようにも見えたが、どこか血のような鮮血にも見える――俺は刀を手にその場へと飛び出し、そして思いっきり振り抜いた。

 刀は何かに触れたかと思えば、いとも容易く両断するような感触を俺に伝える。


「……え?」


 そうして、隠された真実が姿を見せた。

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