嵐が吹き荒れる前に
「……ふぅ」
「疲れたわね……」
刹那の言葉に強く頷く。
風呂を彼女の家で済ませたわけだが、別にあっちで泊まるつもりはなく帰るつもりだったのは元からだ。
しかし、帰ろうとした俺たちを引き留めたのが鏡花さんだった。
『良いじゃないの泊まって行っても……』
呆れたような覚馬さんを傍に置き、泣きそうになりながら鏡花さんはそう言った。
まあ呆れていたのは刹那もだったけれど、ギュッと手を握って離そうとしない鏡花さんは……その、なんだ。
とても可愛らしかった。
帰ろうとする感情を洗い流すかのようなその表情に、どれだけ葛藤したか……結局後ろ髪引かれながらもこうして俺と刹那が住むマンションに戻ってきたわけだが。
「母がごめんなさいね?」
「いや、全然良いよ。というか、今日は本当に楽しかった」
「ふふ。そう言ってくれると嬉しいわ」
本当に冗談抜きで楽しかった。
こっちに家族が居ない俺にとって、家族の温もりを思い出させてくれる温かな家庭にお邪魔出来ることは心の安らぎにもなる。
雪や母さんの代わりにはならないけれど、それでも刹那の彼氏だからなのか同じ家族のように接してくれる覚馬さんと鏡花さんには感謝の念が尽きない。
「それにしても……」
「どうした?」
「改めてあなたの刀は凄いなって思ったのよ。ううん、さっきも言ったけれど刀もそうだけどスキルもかしら?」
「あ~、まあ本当に不思議だし強い力だと思ってるよ」
覚馬さんも言っていたけれど、本当に人の身には過ぎた力だと思う。
無双の太刀だけでなく剣聖と剣神のスキル……そしてロストショットだったり、大よそ類似出来るものでさえ発見されていない。
「覚馬さんも言ってたけど、大人の事情なんてものを考えたら色々めんどそうだ」
手中に収めるとはいえ、俺は見ず知らずの誰かのために力を使うつもりはない。
ましてやそれで何か悪だくみなんてことがあるとしたなら、絶対に従うことはないし、むしろこちらから仕掛けることだってあるだろう。
ただ……それで大切な存在に魔の手が向かうことだけが心配だ。
『こちらで色々と考えるつもりだ。君の概念を斬る刀、どうにか私たち以外に知られることがないようにするつもりだ』
今まで、そこまで深く考えずに使っていたと言えばその通りだ。
有名な探索者ともなると露出は激しくなり、持っているスキルなんかもそれなりに知られることがある。
有名人の中には超強力と呼ばれるスキル保持者は当然居るのだが、やはり覚馬さんから見ても俺の刀はあまりにも常識から外れた存在らしい。
「そういやさ」
「なに?」
「あの天使が言っていた……俺の刀は発現するべくして発現したと」
そう、あの天使はそんなことを言っていた。
何かを知っていそうな素振りだったけれど、結局何を知っているかも教えてはくれずに天に消えて行った。
あの時の言葉には何の意味が込められているのか、彼女はどんな言葉を続けようとしたのか……もしもまた機会があれば、その時は必ず教えてほしいと思う。
「本当に……相棒はどうして俺の元に来たんだろうな」
「それはきっと、瀬奈君だからじゃないの?」
「俺だから?」
「えぇ」
刹那は頷き、そっと俺の手に自身の手を重ねる。
「瀬奈君だから発現した……瀬奈君のように優しくて強い人だからこそ、その刀は瀬奈君に応えたのよきっと」
「……そんなもんかな」
「そんなものでしょ。まあ答えが分からないからこそそれっぽく言ったけれど、でもあながち間違ってはいないと思うわよ?」
「ははっ、刹那がそう言うとそうなんじゃないかって思えるよ」
それからしばらく、刹那と眠くなるまで雑談をして時間を潰した。
二人でベッドの上で横になり、刹那が先に眠ったので俺は彼女の寝顔を眺めながらゆっくりと眠りに就いた。
しかし、その三十分後に俺は目を覚ますことに。
「……ったく、一度眠ったら朝まで寝かせてくれよなっての」
途中で目を覚ますと色々と面倒だ。
とてつもなく眠くてすぐに眠れるならまだしも、目が冴えて眠れなくなってしまっては大変困る。
ジッとしていれば眠くなるだろうと粘ってはみたものの、全く眠くならないので俺は起き上がった。
「刹那は……起きてないな」
刹那が起きないことを確認し、俺は寝室から出てリビングへ。
買っておいたペットボトルのお茶を取り出し、大窓の前で夜の街並みを眺めながらゴクゴクと喉を潤していく。
思えばこうして優雅に飲み物を飲むのは初めてだが、こういう高いところだからこそ出来ることだ。
「……良いねぇ」
ダンジョンでの稼ぎがある以上、所謂セレブのような暮らし方も可能ではあるがやはり性には合わない。
だがこんな街並みを見つめながら優雅に過ごせることを経験すると、テレビで芸能人たちが高いマンションに住みたがる理由が少しは分かるかもしれないな。
「っと、さっさと戻るか」
己惚れじゃないけど、俺が離れると刹那はすぐに目を覚ますことがある。
そう何度もそのような事態にはならないが、目を覚ましてばかりの彼女は少し幼児退行してしまう時が稀にあるので、そうなった時に俺が傍に居なかったらちょっと大変なことになる。
「……よし、大丈夫だな」
部屋に戻ると刹那は規則正しい寝息を立てて眠っており安心した。
ベッドに横になると当たり前のように彼女は身を寄せてきたので、実は起きているのではと思ったがそうではないらしく、刹那がそれ以降瞼を持ち上げることはなかったのだった。
「刹那にも色々と協力してもらうことになりそうだ。頼むぜ」
覚馬さんとしようとしていることは刹那も付き合ってくれることになっている。
まあこういうことに除け者扱いされるのが嫌な彼女だし、絶対に一緒にやると言ってくれることは分かっていた。
何が起こるか分からないが、それでも俺のやることは変わらない。
現状に対する答えを少しでも出せるなら全力を尽くすし、それ以上に刹那たちに何かあっても大丈夫なように、俺はただ守るだけだ。
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