人の身を脱した力

「どうも、お先に行かせてもらいました」

「良い湯加減だったかしら?」

「最高でした。バッチリ温まりましたよ」

「なら良かったわ」


 夕飯を済ませた後、俺は一番風呂をいただいた。

 刹那を含めて皇家のみなさんよりも先に風呂をいただくのは少し遠慮したかったところではあるけれど、流石にどうぞ行っておいでって空気を出されたら断るわけにもいかなかった。

 以前にもこんなことが合ったような気がする……なんて思いつつ、次に覚馬さんが向かった後に刹那が入り、そして最後に鏡花さんが風呂に向かった。


「にしても今日のご飯も最高だったなぁ」

「ははっ、妻も嬉しそうだったな。やはり、息子が出来たように思ってるんだろう」

「そうよね。私が帰った時よりも母さん嬉しそうだったんじゃない?」


 流石にそれはないだろうと苦笑した。

 後はもう寝るだけと言いたいが、よくよく考えると美味しいご飯のために中断した話があった。

 それをしようと思ったら覚馬さんも同じことを考えていたようだ。


「必要なことだったら後で妻にも話をするとして、夕飯の前に君が話そうとしていたことを教えてくれるかい?」

「あ、そういえば何か話してたわね?」

「あぁ」


 俺は頷き、手元に刀を呼び出した。

 相変わらず淡い光を放つ俺の相棒で、他の武器と違って一切の重さを感じさせず存在感すらも希薄にすることも出来る。

 持ち運ぶ必要がないということはどこにだって呼び出すことが出来るため、以前に雪に見せたのと同じようにここでもそれは可能だ。


「君の刀か……しかし、いきなり出してきたのは驚くがそれ以上にやはり不思議な魅力を放つ刀だな」

「ありがとうございます。実は、こいつで……相棒でやりたいことがあるんです」

「相棒……くくっ、良いだろう何をするつもりだい?」


 自分の武器を相棒と呼んだことに覚馬さんは笑ったが、それは決して馬鹿にしたのではなく、どこか嬉しそうだった。

 するとボソッと刹那が教えてくれた。


「武器は探索者にとって体の一部みたいなもの、だからそこまで大切にしている瀬奈君が微笑ましかったのよ」

「……そういうことか」


 だとよ相棒。

 内心で呟いたつもりだが、当たり前だろうがと言わんばかりに強く光を点滅して刹那と覚馬さんを驚かす。


「なんか、機嫌良いみたいっすよ」

「そ、そうなのね」

「凄いじゃないか。握ってみても良いかい?」

「……あ~、たぶん消えると思いますけど」


 いや、意外と覚馬さんクラスなら大丈夫か?

 そう思って俺は覚馬さんに刀を手渡す……するとすぐに残像だと言わんばかりに姿が薄くなり、気付いた時には俺の手元に戻っていた。


「スキルで生み出された刀……瞬発的に何かを生み出すスキルはあるが、そのように長時間存在するものは見たことがないなやはり」

「やっぱりかなり珍しいですかね?」

「うむ。少なくとも、今まで生きてきて見たことはないな」

「……やっぱり凄いのねその刀は……ううん、スキルは」


 ありがとうとお礼を言ってから、俺はどうして今刀を呼び出したのかを説明する。


「実はこの刀は切れ味もそうですし、頑丈さも並みの武器とは違います」

「そうだな。真っ向からやり合ってそれは理解している」

「そうですよね。けどそれだけじゃないんです――相棒はただモノを斬るだけでなく概念そのものを斬れます」

「……概念?」


 流石の覚馬さんも少しばかり目を丸くした。

 刹那にもそこまで深くは説明していなかったとは思うけど、そこまで驚いていないのを見るに少しだけどんなものかは予想出来ていたのかもしれないな。

 概念を斬るとはどういうことか、俺は簡単にそれを説明した。

 本来であれば斬ることの出来ないダンジョンの扉を切断したり、刹那と天使の繋がりを切り離したり……全部が全部を試したわけでないが、大よそ本来であれば絶対に斬ることの出来ないモノを斬ることが出来ることを。


「それは……人の身には過ぎた力だな」

「あはは、俺もそう思います」

「自覚はあるようだ。だがその力を持ったのが君で良かった、というのが素直な感想だ。もしも悪意ある者が発現していたらと思うと末恐ろしいよ」


 その点に関しては心から安心してほしいと思う。

 まあ俺がそんなことを言わなくても覚馬さんは信頼してくれているようで、彼が浮かべている笑顔と優しい眼差しがその証拠だろう。

 さて、これで刀は説明は良い。

 俺が何をしようとしているのか、それを次は説明しよう。


「覚馬さんは言いましたよね。何か強い力か、或いは確認されていない何かしらの力が働いて今の騒ぎが起きている可能性を」

「まあそれは君と意見が一致しただけだが……あぁそういうことか。その不可解な力の動きを君の刀が暴くということだな?」

「その通りです。出来るは賭けだし、何も分からないかもしれないですが」

「いや、試す価値はあるだろう。だが少しだけ待ってほしい」

「え?」


 覚馬さんは手を伸ばして俺の頭を撫で始めた。

 突然のことに驚いたが、俺はその大きな手を受け入れ……そうして彼が告げたのは俺を思ってくれている言葉だった。


「概念そのものを斬る力……さっきも言ったが人の身に余るものだ。強力な能力を求める者は多く、手中に収めようとする者は居る。だから色々と対策は講じさせてもらおう。君を守るために――もし何かあったら、君のご家族に申し訳が立たない」

「……覚馬さん」

「父さん……ふふっ」


 ……ほんと、素敵な人たちに巡り合ったな俺は。

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