試したいこと

 刹那とデートを楽しんだ後、刹那の実家に訪れた。

 二人で話していたように事前から来ることを伝えることはなく訪れたのだが、果たして迷惑にならないだろうかと不安になる。

 刹那が言うには絶対に迷惑ではないと言ってくれているので、その点に関しては安心しても良いかもしれない。


「さあ、行きましょうか」

「おうよ」


 玄関の前に立ち、刹那ではなく俺がインターホンを鳴らす。

 一応誰が来たかはカメラで分かると思うので、特に怪しいと思われることもないはず……ってあれ? ふと刹那が手を振りながら俺から距離を取って離れたので、当然俺はどうしたんだろうと首を傾げる。


(……まさかそういうこと?)


 ここに来る前に、鏡花さんに言ってみてと言われたことがある。

 まさかそれを言えと? 離れた場所で見守る刹那はとにかく楽しそうにしているため、これは彼氏として彼女の期待に応えるべきだな。

 ガチャッと音を立ててドアが開くと、驚いた様子の鏡花さんが現れた。


「いらっしゃい……瀬奈君?」

「あはは……驚いてますね」

「それはそうよ。刹那は……?」

「……あ~」


 おそらく、今の鏡花さんは本当に俺がどうしてここに居るか分かってないはずだ。

 どうしてここに居るのか、どうして一人なのか、どうして刹那が居ないのか、そんな風に困惑している鏡花さんに俺はこう言った。


「その……鏡花さんの料理を食べたくて来ちゃいました」


 そう言った瞬間、俺の視界は暗く染まった。

 何事かと思ったがすぐに分かった――俺はどうやら、鏡花さんの胸元に顔を埋めている状態らしい。

 ぷにぷにと顔を包み込む柔らかさは刹那を彷彿とさせるもので、恥ずかしさよりも先に母性のような安心感があるのは流石刹那の母親である。


「もう瀬奈君ったら! そんな嬉しいことを言ってくれるなんて! ほら入って、美味しい料理をご馳走するから!!」

「あ、はい」


 家の中に引きずり込もうとする力が凄まじく、相手は女性なのにそのまま引っ張り込まれてしまった。

 元々探索者だったことは知っていたけれど、これもやはり刹那の母親でありあの覚馬さんの奥さんだからか。


「ねえ瀬奈君。そんな可愛いことを言ってくれるあなたには色々としてあげるわ。お風呂でも一緒に行かない?」

「えっ!?」


 ギョッとするように鏡花さんを見つめたが、彼女は決していやらしい何かを感じさせるような笑みではなく、心からそうしたくて俺に提案したようだ。

 既に彼女の中では刹那が居ないのは気にすることではないらしかったが、当然このような状況を彼女は許さなかった。


「そこまでよ! 流石に一緒にお風呂は許されないわ!!」

「あら……居たの?」


 ずっと居たんですよ、黙っててごめんなさい。

 改めて刹那も合流したことで家の中に入り、一連の出来事を知らない覚馬さんもさっきの鏡花さんのように目を丸くしていたが、刹那が説明してくれたことで納得したように苦笑した。


「やれやれ、娘の遊びに付き合ってくれてすまないな?」

「いえいえそんなことは」


 少しだけ俺も楽しんでいた節はあった。

 別に騙したりする悪意はなかったし、刹那の遊び心に付き合ったわけだが鏡花さんも喜んでくれているし、優しいドッキリとしては成功だろうか。

 それから刹那と鏡花さんが揃って楽しそうに料理をしている姿を眺めながら、いつぞやのように覚馬さんと俺は向かい合っている。


「しかし、大変なことになったものだ。今までにこのような事例はなかったから」

「ですよね。俺も聞いたことなかったですから」


 内容としては少し真剣なモノでダンジョンにおける転移陣の不備に関してだ。

 当然ながら覚馬さんも立場やコネを利用して色々と調べてくれているようだが、これと言える原因は何も掴めていないようだった。


「君はどう見る?」

「俺は……考えたくないですけど、人為的なモノじゃないかなって」

「ふむ……確かにその線もありそうだ。いや、それで確定だろう。そもそも魔物が外に出れない時点で、あのような強い力を加えることが出来るのは人間しかあり得ないのだから」

「そうですよね」

「あぁ。だが、現時点でも何も分かっていない状態だ。こう言ってはあれだがかなり不気味な状況だな」

「……………」


 やはり大人たちの間でもそういう認識のようだな。

 ふんわりと料理の美味しい香りが漂ってきて幸せな気持ちになるが、まだ少しばかり真剣な話は続く。


「覚馬さん」

「なんだ?」

「今回の騒ぎに関して、高ランクの探索者や、高ランクのマジックアイテムも使われているんですよね? それでも検知出来ない何か、それは恐るべき力を持ったスキルであったりマジックアイテムの可能性もありますか?」

「そうだな。とはいえ、それほどに力を持つ者がこのような騒ぎを起こすとは考えたくないものだが」

「……………」


 そう、それは俺も考えたくはない。

 しかし世の中には多くの人間が居るのはよく分かっている……俺たちの知らないスキルやマジックアイテムが使われているのだとしたら、それに対しる何かしらの対処法がない限り何も解決しない。

 もちろんこれは俺のただの憶測なので意味のない心配かもしれない……だが、一度こう思うと気になってしまう。


「覚馬さん、ちょっと試したいことがあるんですが……」

「ほう? 何かあるのかい?」


 覚馬さんの問いかけに俺は頷いた。

 ただ、今日はもうこれ以上その話は出来なかった。

 何故なら刹那と鏡花さんが匂いを嗅ぐだけでお腹が空いてしまいそうなほどの美味しい料理を作ってくれたからだ。


「さあ瀬奈君。この後は一緒にお風呂だからたくさん食べてね?」

「ぶっ!?」

「ちょっと!?」

「うん? 一緒に風呂に入るのかい?」


 つい口の中に入ったものを吐き出しそうになったが、それ以上に覚馬さんのリアクションが薄いことに驚く。

 まあでも安心してくれ。

 その後に鏡花さんと一緒にお風呂に入ることはなかった……物凄く残念そうにされてしまったけど。

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