平和な時間

 転移陣の不具合について、その解決策はいまだ判明していない。

 そもそももしかしたら完全に作動しなくなる危険性があるとのことで、しばらくの間ダンジョンの入口は封鎖されることとなった。

 これが人工的な作り物ならメンテナンスをすることも可能だが、やはり自然に生成されたダンジョンの構造となると手を出しずらいみたいだ。


「くっそ暇だなぁ……」

「なんで探索者なのにダンジョンに行けねえんだよ……」

「組合の奴は何やってんだとっとと直せよ」


 ほら見たことかと言わんばかりに、クラスメイトが現状に大きな不満を漏らしている。

 既にダンジョンに入ることが禁じられてから一週間は経つので、ある意味でフラストレーションが溜まっているのかもしれない。


「確かに俺たちはダンジョンに行くのが仕事みたいなもんだけど、そんな禁断症状みたいになるか?」

「ダンジョン馬鹿ってことだろ」


 真一の言葉に芳樹がスパッと言ったが正にその通りだ。

 タバコがやめられない喫煙者かよと俺も内心で呟きながら、改めてクラスメイトたちを眺めてみた。

 全員が全員そうではないが、ダンジョンに入ってはいけないという言い付けを破ってしまいそうな危うい気配も感じさせる。

 本来であれば不可思議な現象が起きている以上は怖がるのが普通だけど、俺が原因とはいえ赤い宝石の騒ぎも特に大事にはならず解決したし……それで危機感が薄まっているのかもしれない。


「……大丈夫かな」


 ついそう呟くほどには心配になる。

 まあこんな風にダンジョンに行けないからと言って落ち着かない様子なのは一部の生徒だけで、他の生徒はダンジョンに行けないのなら友人と街中で遊べばいいという考えの人も多く、馬鹿みたいに禁断症状を来たしている人間はそこまでだ。


「……?」


 そこで友人たちと楽し気に会話をする刹那と目が合った。

 刹那と視線が交差したのを皮切りに、周りの友人たちも俺を見てクスクスと笑っている。

 いきなり見られて笑われたようなものだが、これに関しては俺を馬鹿にするような意図ではなく、単純に刹那と良く目が合うことが彼女たちは微笑ましく見えるんだと思われる。


(あの子たちというか……刹那の知り合いも話が分かるからな)


 俺の知り合いで言うなら真一や芳樹、沙希や夢もそうだけど刹那の知り合いも現状をちゃんと理解しているから助かる。

 俺にとってはそこまで関りがないとしても、刹那の知り合いである以上は何事もないのが一番だ。


「今日はどうする?」

「沙希と夢を誘ってカラオケにでも行こうぜ」

「瀬奈は?」

「俺は刹那と過ごすよ。今日はそういう約束をしてるから」

「……リア充がよ」

「羨ましいこって」


 そんなことを言うならお前たちも彼女を作れ。

 そう言ったら手痛い一発をもらった……解せぬ。


▽▼


 さて、放課後になったので刹那と一緒に適当に街中をウロウロしていた。

 今までは何かあったらすぐに二人でダンジョンに行っていたようなものなので、こういう時に何をすれば良いのか分からなくなってしまうのは……案外、俺も彼らに対して滅多なことは言えないかもしれないな。

 そう考えて苦笑していると、刹那がボソッと呟いた。


「一週間……不思議なものね。こんなに長くダンジョンに行かない時はなかったから新鮮だわ」

「……ははっ、確かにそうかもな」


 お互いに笑い合うと、刹那は俺の手を握った。

 指と指を絡め合わせて見つめ合い、俺は彼女にこんな提案を口にした。


「ダンジョンのことは忘れて普通の学生っぽく過ごそうぜ」

「そうね……って、私たちは探索者という点を除けば普通の学生でしょ?」

「そいつは確かに」


 つまり何をするかというと、いつも変わらないデートに落ち着いた。

 これなら真一たちの誘いを受けて刹那も一緒に遊びに行っても良いかなと思ったけど、今日はもう刹那と二人っきりの時間を思いっきり楽しもうか。


(って、そうか。ダンジョンに入れないのは俺たちだけじゃないのか)


 俺たちがダンジョンに入れないということは他のダンジョンも同じなので、大人の探索者たちもダンジョンには入れない。

 学生はともかく、大人の探索者でも力のない探索者は多く、ダンジョンでの稼ぎが心許なければ借金の返済とかも難しいと聞くし……もしかしたら、この騒ぎのせいで困っている人はかなり居そうだ。


「瀬奈君?」

「……あ、すまん」


 いかんいかんと頭を振った。

 確かに現状において困っている人は多く居るだろうが、そんな不特定多数の人を気にしたところで仕方ない。

 俺は今、刹那とデートをしているんだ。

 なら今は彼女のことを第一に考えるのは当然なのだから。


「あ、そうだわ。ダンジョンもなくて落ち着いているようなものだし、今日は私の実家に行きましょうよ」


 そう言われた時、俺の脳が導き出したのは鏡花さんの作る美味しい料理だった。

 どうやら刹那もそれを察したようでクスクス笑っており、食いしん坊だと思われたかもしれないが構わん! だって鏡花さんの作る手料理は本当に美味しいんだよ。もちろん刹那や母さんが作る料理も最高だけどさ。


「ねえ瀬奈君。何も言わずに家に行って、どうして突然来たのって母が言ったら料理を食べたくなったって言ってみて?」

「逆にそう言われると恥ずかしいんだが」

「いいのいいの♪ どんな反応をするか見てみたいのよ」

「そうか……」


 よし、ならちょっと緊張するけどサプライズ的な感じで言ってみよう。

 思えば最近、最後に刹那の実家に向かってから結構間が空いており……そんな時に鏡花さんに対してそう言ったらどうなるか、俺と刹那はあまりにも軽く考え過ぎていたことを思い知ることになる。

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