ピンチ?

 入口に向かうための転移陣が発動しなくなった。

 今までこんなことはなかっただけに、俺たちだけでなく他の探索者の中にも動揺が広がっていた。


「おい……どうするんだよ」

「俺たち出られないじゃないか……っ!」


 誰かが一言でもそんな言葉を漏らせば不安は伝染していく。

 真一と芳樹、沙希はこういう状況に慣れているわけではないが気を強く持っているものの、夢は不安が大きいようで体を抱くようにして震えていた。


「大丈夫だ。安心しろ夢」

「う、うん……」


 刹那のように頭をポンポンと撫でようとしたが、流石にそれはやめておく。

 こういう場だからこそ落ち着ける行動かもしれないが、それに関しては沙希に任せることにしよう。

 さて、こうなってくると中々に面倒だ。

 外に出れないということは連絡を取ることも出来ず、おそらくもう五時半くらいだろうか……刹那も既に家に帰っているだろうし、心配はしてなくて良いくらいは伝えたいものなんだが。


(……転移陣じゃなくて地上に続く扉なら、刀で斬るんだけどな)


 生憎と相手は転移陣、俺のやれることは何もない。

 段々とパニックが広がっていく集団から離れるように移動し、少しだけ静かになった空間で俺たちは息を吐く。


「あ、お菓子持ってきてるんだった。はいみんな、どうぞ」

「おぉサンキュー!」


 沙希が荷物からチョコのお菓子を取り出し分けてくれた。

 確かにそろそろ腹が減ってくる時間帯なのもあるが、こういう時に甘い物を摂取出来るのは気分を落ち着かせるのに役立つ。


「飴もあるよ~」

「四次元ポケットかよ」


 てへへと笑う沙希にツッコミを入れると、夢がクスッと笑った。

 さっきまで今の状況に怖がっていた彼女ではあるものの、このやり取りである程度は落ち着いたようで安心した。


「しっかし……マジでどうなってんだろうな」

「さあな」

「瀬奈めっちゃ落ち着いてんな?」

「慌てても仕方ないからな。こういう時にパニックになって好き勝手動いた結果、良くない結末になる漫画とか良く読んでたからさ」

「あ~」

「た、確かにそういうのはありそうかな」


 まあ漫画と現実は全然違うけど、俺が言ったことは間違ってはいないはずだ。

 こういう時にこそ気持ちを落ち着かせ、どうすれば良いかを考えることが大切だろう。何よりこうして頼れる仲間が集まっているわけだからな。


「沙希」

「うん? どうしたの?」


 飴を舐める沙希を呼んだ。


「夢が不安がってるから出来るだけ離れないでやってくれ。手を握ってあげているだけでも大分違うはずだ」

「分かった。ふふっ、瀬奈がすればいいのに」

「刹那専用だから無理だ」

「それもそうだねぇ。りょうか~い♪」


 これで一旦は夢に関しては大丈夫だろう。

 真一と芳樹は菓子のおかげでかなり落ち着いているみたいだし、これならワンチャン今日はダンジョンで一夜を明かすようなことになっても……想像したくはないけど大丈夫かな?


「ったく、マジで刹那に連絡くらいはしておきたいんだけどな」

「彼女持ちは大変だなぁ……羨ましいぞこの野郎」

「でも真面目な話、こんな異常が起きたのなら間違いなく伝わるだろうな」


 そうだ。

 だからこそ、心配は要らないとだけ伝えたいんだよなぁ。


「って、かなり騒がしくなってきたな」


 外に出られない不安が恐怖を呼ぶように、俺たち以外の取り残された探索者たちがついに大きな声を上げ始めた。

 どうして転移陣が発動しないんだと、どうしてこんなことになったんだと大きな声を上げている。


「こういう時こそ落ち着かないと……でも仕方ないよね」

「あぁ。こればかりはな」


 とはいえ、こんな風に騒げばダンジョン内に音が響き渡る。

 つまり転移陣付近ではあっても魔物たちが寄ってくるので、俺は矢を放ちながらゆっくりと近づいてくる魔物たちを仕留めていく。

 真一たちも協力して魔物の掃討をしてくれたため、まだBランク階層に慣れていない探索者たちが怪我をすることもなかった。

 まあこの辺りの魔物がいくら集まったところでそこまで大したことではないが、こういう状況だし何があるか分からないので警戒するに越したことはない。


「……おい! 転移陣が光ったぞ!」

「え? 本当だわ!」

「助かった!」

「良かったあああああああ!!」


 その声に視線を向けると確かに転移陣が光を取り戻していた。

 我先にと探索者たちは転移陣を使って姿を消していき、彼らが全員居なくなってようやく俺たちも転移陣の前に立った。

 真一、芳樹、沙希、夢の順番に転移陣で姿を消した後――俺は少し辺りを見回した後に転移陣へと乗った……だが。


「……え?」


 俺が乗ったと同時に再び転移陣の光が消えてしまい使用出来なくなった。


「……なんでだよ」


 思わずダンと地団駄するくらいにはちょっと気が滅入った。

 転移陣が使えなくなって全く慌てないのはSランク階層に何度も赴いているし、俺自身が自分の力に自信を持っているからである。

 それは決して驕っているわけではないが、こうして落ち着けるのは良いことだ。


「これじゃあ真一たちにももっと心配を掛けちまうな……」


 取り敢えずどうしようかと、腕を組み……俺はしばらく考え続けた。

 ただその後すぐに再び転移陣は復活したため、俺はすぐに上に乗って地上へと戻ることが出来た。

 真一たちは当然のように俺を待っており、事情を察していた刹那も居て俺に飛びつくよう抱きしめてきた。


「怪我とかしてないわよね?」

「あぁ。大丈夫だ」


 刹那を安心しさせるように頭を撫でながら、俺はふと気づいた。

 俺たちが普段使うこのダンジョンの入口、その扉付近に何か攻撃を加えたような痕跡があったことを。

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