異変

 それは少しばかり不吉な報せだった。

 朝、刹那と一緒に朝食を食べている時のこと――それとなく見ていたテレビで流れていたニュースがあった。


『本日未明、ダンジョンの入口に対して大規模な攻撃が行われた形跡が発見されました。現状も調べは続いていますが、詳細は不明です』


 それは映像も一緒に流れており、同じ市内ではあるが普段俺たちが使うダンジョンの入口ではなく、主に大人が出入りする場所だ。

 ダンジョンの入口は扉によって封鎖されているのだが、まるでその周りを吹き飛ばそうとしたかのように荒れ果てている……あれはおそらく、強力な魔法をそのまま入口に向かってぶつけたかのようだ。


「……これ、何をしているのかしら」

「……………」


 さあなと、俺は首を傾げる他なかった。

 刹那が作ってくれた熱々のお味噌汁を息を吹きかけて冷ましながら、ズズズッと啜るように味を楽しむ。

 熱さに思わず眉を顰めるが、個人的には味噌汁はこれくらいが良い。

 味噌の味を感じながら具を噛み締め……とはいえ、そんな風に落ち着いた中でも俺はしっかりと考えていた。


(まるでダンジョンの入口を無理やりに抉じ開けようとしてるみたいだな。ダンジョンの入口は決して傷つくことはない……ただ、その周りの地形に関しては別っぽいけど。でも入口が広がることはなさそうだ)


 無理やりにも入口を広げようとしている……そう俺は見えた。

 コメンテーターもそれは感じていたようで発言しており、現役の探索者もあり得ないとは言いつつもその可能性は示唆している。


「何を考えているのか分からないけど、無理やりにダンジョンの入口をこじ開けようとしてるんじゃないか? もしかしたら……入口を破壊することで、中に潜む魔物たちを地上に出すとか」

「……そんなことが出来る……いえ、そんな馬鹿なことを考える人が?」


 居ないだろうな……とは言えなかった。

 最近はもうあまり見ることはないが、以前は俺の傍にも千葉のような連中が居たのもあるし、何を考えているのか分からない人だってきっと居るだろう。

 それこそ刹那の身に宿る天使の力を狙っていた奴らだって居たし……突き詰めれば何を考えているのか分からない奴も多い。


「居ないとは言えないな。何が狙いかは分からんけど」

「……そうね」


 流石にこんな風にニュースになったなら調べは入るだろう。

 そうなるとこれを起こした犯人は動きづらくなるだろうし、単なる悪戯の可能性もあるしな。

 これに関しては俺たちがどう考えたところで仕方ないだろう。

 刹那も色々と気になるようだが、学生の俺たちが考えたところでどうしようもないという結論なのは同じらしく、テレビを消してため息を吐いた。


「みんながみんな、発現した能力を探索のためだけに使えば良いのにね。悪事を働いたりすることなかったら平和なのに」

「違いない」


 探索者に与えられたスキルは全て、ダンジョンに挑戦出来る資格として人々に宿った物だと考えている。

 ダンジョンの中に居る魔物たちは強さの違いはあれど強力であり、普通の人間では手も足も出ない化け物共だ――だからこそ、そんな魔物たちに対抗するための力としてスキルは存在している……決して他人を傷つけるための力ではない。


「ま、俺たちは俺たちで身近で起こることにしか対処は出来ない。現段階だとこれ以上考えても仕方ないさ」

「そうね。なら今は愛おしいあなたのことだけを考えましょう」

「っ……」


 だから不意打ち気味にそういうことを言うのは……嬉しいけどさ!

 その後、二人で食器を片付けてから俺たちはマンションを出た。


「大分涼しくなってきたわねぇ」

「そうだな。あとちょっとしたら寒くなるから嫌だな」

「本当よ。でも冬になると雪ちゃんたちが来るのよね? 凄く楽しみよ」


 年末年始は実家に帰るけど、その前に雪と母さんがこっちに来る予定がある。

 雪は俺と刹那が住んでいるマンション、母さんはたぶん刹那の実家になるだろうけどきっと騒がしい日々になるんだろうなと予想している。

 もしかしたらその時だけ俺たちもあっちに行くことになるだろうし……うん、騒がしいのは避けられないなきっと。


「それじゃあ瀬奈君。今日も頑張りましょうか」

「おうよ」


 刹那と笑い合い、学校に向かう道を歩くのだった。


▽▼


 時期は夏から秋へと切り替わったものの、普段の学校生活に変化はない。

 ただ……俺が予想したよりもあの出来事――ダンジョンの入口に対する攻撃は段々と酷くなり、高ランクの探索者までが駆り出される事態へと発展した。

 そこまで事態が大きくなるとある説が囁かれ始める。

 それは強い力を持った高ランクの探索者が糸を引いているのではないかというもので、何度も騒ぎを起こしながらも足取りが掴めないことからその説は強く語られるようになる。

 ニュースでも探索者アンチの代表とも言える組織が顔を良く見せるようになり、特に悪事を何も働いていない俺たちとしてはただただ迷惑な話だった。


「さてと、久しぶりに今日はこの五人での探索だな!」

「そうだな! 頼むぜ瀬奈!」

「私たち何かすることある?」

「さ、サボるのはダメだよ沙希ちゃん」

「はは……」


 用事があって刹那が居ないため、今日は懐かしい面子での探索だった。

 階層はBランクの一番最初辺りでの狩りになったが、やはりこの面子だと連携はもちろんだがとにかくやりやすい。

 俺は刀ではなく弓だったけど本当に戦いやすかった。

 そんな風にみんなで狩りをした後、そろそろダンジョンから出ようかといったところでまさかの事態が発生した。


「……あれ?」

「どうした?」


 どうしたんだと、俺たちは首を傾げる。


「……入口に繋がる転移陣が反応しねえぞ?」


 それはどうやら俺たちだけでなく、他の探索者も同様だったみたいだ。

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