新たな不穏

「瀬奈君!」

「お? 隆盛か」


 昼食を終え、トイレに向かった帰りのことだ。

 廊下を歩いている時に聞き覚えのある声を聞いて振り向くと、駆け寄ってきていたのはある意味で俺の弟子でもある隆盛だった。


「どうした?」

「ううん、特に用はないんだけど見つけちゃったからさ」


 そうかと俺は頷く。

 隆盛はどこか興奮したように、目をキラキラとさせながら言葉を続けた。


「聞いたよ瀬奈君。Sランクになったってこと!」

「おう。色々あってな」

「凄いよ……本当に凄い!」


 それほどでもあるぜと、謙遜は無しで笑っておいた。

 特に謙遜のし過ぎも良くはないと教わったようなものだし、何より真一たちのように絡みが多くないとはいえ、しばらくを一緒に過ごしていたからこそどこまでのラインで話が出来るかは分かっているつもりだ。


「あまり言われてないのは予想外だったけど、Bから一気にSになったしおかしいと思わなかったか?」

「ううん、瀬奈君のことだしあり得ないことはないかなって思ったよ」

「……そうか。信頼が厚くて助かるよ」


 師匠と弟子の絆……なのかな?

 それはそれで言い過ぎかなと思いつつも、悪くはないなと俺は笑った。


「あれからどうだ? 探索者としての意気込みが変わったとか」

「あはは……特にそれはないかな。やっぱり高校を卒業したら普通に大学に行って就職するよ」


 どうやら隆盛の考えは変わらないらしい。

 俺はそれを聞いて同業者が確実に減ることに関して残念には思ったものの、彼の決めたことなら俺が何かを言うつもりもない。

 ただ、やっぱりこうして話をしていると立場の変化と共に増えた視線に隆盛まで曝されてしまっている……それがやはり申し訳なくて、俺は頭を掻きながらすまないと謝った。


「謝らないでよ。むしろこっちが話しかけてもいいか迷ったんだから」

「……その、なんだ。俺が言うのもなんだけど、気軽に話しかけてくれると助かる。確かにランクは上がったけど俺自身は何も変わってないからさ」

「分かった。ならこれからも声を掛けるよ」

「さんくす」


 それからしばらくの間、久しぶりに隆盛との話で盛り上がった。

 やっぱりこうして気兼ねなく会話の出来る友人の存在は良いものだ――ただ、やっぱりこそこそと俺たちを見て話している生徒たちが目に入る。

 俺と隆盛はそれに対して苦笑し、ある程度話してから別れた。


「あら、随分と嬉しそうじゃない」

「隆盛と話をしてな」


 教室に戻ってすぐ、刹那が俺の様子を察して声を掛けてきた。

 知り合い一人と言葉を交わして嬉しがるなんて子供っぽいなと、少し恥ずかしくなったが隠すことでもないよな。

 刹那はクスクスと肩を揺らして笑みを浮かべ、ツンツンと胸を突いてきた。


「瀬奈君ってそういうところが可愛いわよねぇ」

「……うるさいよ」

「もう照れちゃって♪」


 だから揶揄うんじゃない!

 刹那に揶揄われると俺も強く言えないし、このやり取りに楽しさを見出してしまうからこそただただ受け入れてしまう。

 何度も思うけどこれもまた惚れた弱み……致し方ない。


「今日はどうするの?」

「放課後?」

「そう」

「いつも通りダンジョンかな」

「了解よ♪」


 ちょうどそこまで話して先生がやってきた。

 離れ際に刹那が可愛くウインクをしてきたのだが、それを俺の後ろで見ていた男子がモロに見ていたらしく仰け反ってそのまま倒れてしまい、俺は何やってんだよと呆れたようにため息を吐く。

 授業が始まり、黒板を見つめる中で俺はあることを考えていた。


(……最近、妙に胸騒ぎがするんだよな)


 胸騒ぎ……胸の内がザワザワするような感覚だ。

 そろそろ寒くなってくる時期ということで、つまりは冬がやってくる……寒くなってきたからザワザワするわけではなさそうだし、不安にオンパレードだけどこういう時の俺の勘はかなり当たってしまう。

 自らフラグを建てるつもりは全くないのだが、当たっちまうんだよな。


「それじゃあここを……時岡君。解いてみなさい」


 冬になると雪と母さんがこっちに来ることになっている。

 出来ればその時に何もなければ良いんだが……なんて、こういうことを考えるから当たらなくて良いことが当たっちまうんだよ!


「時岡君。聞こえているのかい?」

「……えっ?」


 耳元で囁かれ、俺はハッとするように顔を上げた。

 すると今の授業を担当している先生が困ったように見つめており、俺はどうやら考え事に夢中になっていたようで無視をしてしまったようだ。

 すみませんとすぐに頭を下げた後、俺は黒板の前に立つ。

 結果としては問題なく終え、刹那にしっかりしなさいと微笑ましく見られてしまいそれも恥ずかしくかった。


(ったく、授業に集中しないと!)


 その後はいつも通り授業に集中するのだった。

 刹那と過ごしながら比較的平和な日常を謳歌する俺たち……だが、数日後から不可思議な現象が起きることになる。

 不可思議とは言ったが人為的であることは明らかで、これは何だと探索者組合が中心となって調べることになった。


 それは誰も居なくなった瞬間を狙うかのように、ダンジョンの入口に対して広範囲に何か魔法をぶつけるような異常が見られたのである。

 まるでダンジョンの入口に攻撃し、その場所を無理やりに広げようとしているかのような……それはニュースにもなり、大勢の人が注目をすることになる。

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