何もない日々は如何に

「……最近、食べ過ぎな気がしてるわ」

「そう……いや、そうかもしれないな」

「否定してよ!」


 そうは言いつつも目の前の刹那はお肉をバクバクと食している。


(……ったく、本当に色々と疲れたな)


 こうして今、俺たちは店で飯を食っているわけだが……しばらく前、それこそ寺島とのやり取りがあった後のことだ。

 早乙女さんが審判をしてくれたおかげもあり、やり過ぎることはなかった。

 戦いの結末としては俺の勝利で寺島の敗北……それは明らかだったが、寺島はずっと呆然とするかのように動かなかった。

 そんな彼に対して俺と刹那は特に何か声を掛けたりすることはなく、黙って彼に背中を向けてその場を去った。


(早乙女さんが大きな声で判定を口にしようとしたけど、それを遮ったほどだし出来ればもう絡んでこないと嬉しいんだが)


 お互いに相手に絡んだところでメリットはないし、そもそも俺から絡むことはないんだけど……まあでも、この一件であいつも少しは諦めてくれるはずだと祈ることにしよう。

 そうじゃないとやってられないし、何より刹那と一緒に居る時に他のことを考えるのは失礼だしな。


「前も言ったけどそこまで気にすることじゃないだろ。刹那は普段からダンジョンでよく体を動かしているから大丈夫だ」

「本当に? ……そうね、大丈夫よねきっと」

「でもこの後にケーキとか頼んだりするとマズいぞ?」

「うっ……」


 この様子だと確実に頼む気だったな……。

 けど仮にケーキを食べたところでそこまで太るわけではなさそうだけど……そもそもこうやって俺が口にしたのは元々刹那に頼まれていたからでもある。

 食べ過ぎそうになったら注意してほしいと、俺の言葉ならグッと我慢出来るからと彼女は言っていた。

 その後、運ばれてきていた肉を平らげたわけだが俺は店員さんを呼んだ。


「すみません。このチョコケーキを二つください」

「畏まりました~!」

「瀬奈君……?」

「……俺さ。ケーキを美味しそうに頬張る刹那が好きなんだよ」


 そう伝えると刹那はぱあっと花が咲いたような笑みを浮かべた。

 甘いんじゃないか、彼女が太っても良いのかと心配をする人はもしかしたらこのやり取りを知っていると居るかもしれない。

 でも何だかんだで本当に彼女は普段からよく体を動かすので大丈夫……たぶん。


「お待たせしました~! 今日は店長がご機嫌なのでアイスの方もお付けしますけどどうですか?」

「ご機嫌で出すのか……?」

「はい! 店長はそういう人なので!」

「へぇ……あ」


 刹那さん、瞳をキラキラとさせながら俺を見つめている。

 しかし俺には見えていた――彼女の瞳には天使と悪魔が住んでおり、太るぞと警告する天使と太らないから食えと誘惑する悪魔だ。

 白い翼を生やした刹那と黒い翼を生やした刹那……まるで、神聖な格好とエッチな格好の二人が見えるかのようだ。


「ま、良いんじゃないか?」

「お願いします!」


 彼女には甘くなるのが彼氏ってもんだ……甘い物だけに。

 パクパクとケーキを食べ進め、後になって運ばれてきたアイスも食べ切ってから俺たちは店を出た。

 ケーキとアイスを食っている間は幸せそうにしていたくせに、こうして店を出た後にやってしまったと刹那は俯き続けている。


「なあ刹那」

「なに?」

「何度も言うけど、だったら食うなよなんて空気の読めないことは言わない。俺はいつだって楽しそうにしている君を見るのが好きなんだから」

「……もう、そういうことを言うから甘えちゃうのよ」

「甘えりゃ良いだろ。俺は嫌じゃない」


 限度はもちろんあるし、刹那もその限度を理解しているからこその言葉だ。

 別に計算しているわけではないけど、人間というのは肯定されるとそれはそれで嬉しいものだが、逆に少しだけ考えて遠慮をするような部分もある。

 どうやら今回も刹那にとっては良い意味で我慢をするための言葉になったらしい。


「瀬奈君。ダンジョンも悪くないけれど、ジムに行かない?」

「ジム?」

「えぇ。ダンジョン以外でも汗を流してみたいって思ったのよ」

「ジムか……うんいいよ。思えばそういう施設には行ったことないし興味あるかも」


 ということで、近いうちにスポーツジムに行くことが決定した。

 俺たち探索者に必要あるのかと考えてしまうものの、人生で一度くらいはジムというのを経験するのも良さそうだ。

 少しだけコンビニで買い物をしてからマンションに帰り、俺たちは二人で風呂に入ることに。


「あぁ気持ちいぃ♪」

「だなぁ~」


 二人して体の洗いっこをした後、湯船に浸かりながら極上の時間を過ごす。

 肩をくっ付けながら彼女と入るお風呂の時間は心の癒しになり、夕方にあったことを忘れさせてくれる。

 俺は少し出来心で刹那の脇腹に手を当てた。

 ぷにぷにとした感触は確かにあるが、それでも十分に引き締まった体なのは間違いない。


「どう?」

「全然大丈夫だよ」

「なら良かったわ」


 そんなやり取りをして風呂から出た後、リビングでテレビを見ていた時に気になることを言っている番組があった。


『魔物は今、ダンジョンから出てくることはありません。しかし、奴らは本当にこの先もずっと出てこないのでしょうか?』


 っと、そんな内容を議題としたやり取りがされていた。

 どうして魔物がダンジョンから出ないのかは俺たちに分かることでもない……ダンジョンホールという例外はあるが、本当に奴らはダンジョンから出れないのだから。


(でも……本当にどうしてなんだろうな?)


 魔物が自由に外に出れていたらそれこそ大変なことになる。

 あまりこういうことを考えても仕方ないので、俺たちはテレビを消して寝室へと向かうのだった。


「本当に色々あったけど一区切りみたいな部分はあるなお互いに」

「そうね。あの子のことと寺島君のこと……同列には扱えないけれど、これで周りが静かになると良いわね」

「マジでそう思うよ」


 直近では大きなイベントは何もない。

 なのでまたしばらくは刹那とゆっくり過ごすことになりそうだ。

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