二人の研究者

 さて、刹那に関する天使の騒動からしばらくが経過した。

 あんなことがあったのに何もなかったのかと言われるかもしれないが、本当に何もなかったのである。

 あの天使との遭遇から無双の太刀による繋がりの切断、そこから寺島とのいざこざもあったが……あれから刹那と一緒にダンジョンに何度も潜ったものの、天使と遭遇することはなかったからだ。


「……久しぶりの一人だなぁ」


 そんなフラグ乱立とも言えた日々が過ぎ去った後、俺は一人で出掛けていた。

 学校が終わってすぐに刹那は久しぶりに友人たちと揃って出掛けてしまったため、こうして俺は一人になってしまった。

 彼女が常に俺のことを優先してくれるのは嬉しいことだけれど、俺もそうだが彼女にも個人的な友人の付き合いは存在する……だからこそ、俺の目の前でカラオケに誘われた刹那を俺は見送った。


「でもやっぱり……寂しいもんだねぇ」


 いつもの面子はそれぞれ家の事情などで予定も合わなかったため、本当に今日は一人で過ごすしかなかった。

 最近は刹那がずっと傍に居たのも合って寂しさもひとしおだが、偶にはこんな風に一人で過ごすのも悪くないかと思いつつ……いやはや、でもやっぱり寂しい。


「……って、気付けばここに来る辺り俺も単純だよな」


 ある建物を前にして俺はそう苦笑した。

 俺が見上げる先にある建物は探索者組合――何も意識することなくここに向かっていたことを考えると、本当に俺はどこまで探索者気質らしい。

 さて、そんな風に無意識にここに意識が向いたわけだが……どうも今日は珍しい客が訪れているらしい。


「なんだ?」


 受付で早乙女さん……ではない別の受付の前に二人の男性が居た。

 学生ではない成人男性二人……別にそれだけならおかしなことは何もない。ただその二人が白衣を着ていて見るからに研究者みたいな恰好なのが気になった。


「……何してんだろ」


 スーツ姿の男性であったり、或いはどこかの企業の人が荷物を運び込むのを見ることはあってもあんな恰好をした人たちを見たことはなかった。

 せっかく組合に来たし久しぶりに依頼でも見ようかと思って中に入ると、ちょうど白衣を着たイケオジが俺を見たのである。

 その男性は俺を見て何かを受付に聞いたと思ったら、なんと彼は近づいてきた。


「やあ。特に探索者に用はなかったんだが、Sランクが登場したということで話は聞いていたんだ。会えて嬉しいよ」

「あぁいえ……」


 確かにSランクの登場となるとそれなりに有名にはなるのかやっぱり。

 こんな会ったこともない人……まあここに居るとなると探索者に関わりのある人かもしれないが知られているのは驚きだ。


「用事は終わりましたよ。目ぼしい情報はないですねぇ」

「そうか。分かった――それじゃあ少年、Sランクでの活躍を期待するよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 どうやらあの男性は本当に少し声を掛けたかっただけらしい。

 何かを調べていたようだが……やっぱりいつも見ない人だけに気になってしまい、その後姿を俺は見送っていた。

 すると、ポンと肩に手を置かれた。


「どうしましたか? 時岡君」

「あ、早乙女さん」


 誰かが近づいていたのは気付いていたので驚くこともなかった。

 早乙女さんが来てくれたのならちょうど良いかなと思い、俺はさっきの人たちのことについて聞いてみた。


「あぁそうですね。確かに普段はこういうところに来ない人たちですし」

「ですよね。誰なんです?」

「特別異変対策部門の方々ですね。名前は聞いたことがあるでしょう?」

「……あ~」


 そこまで詳しくはないけど、学校の授業で聞いたことがある。

 探索者組合も支援をしている部門の一つで、主にダンジョンに関係する現象に関しての研究を進めているチームのことだ。

 確かに白衣という姿から想像したように、研究者というのも間違ってはいない。


「私も詳しいことは知らないのですよ。ただ、以前に登録していた探索者についてある時期に関しての前後を調べていたようです」

「へぇ?」

「私も特に関りのない方々だったので気にしていませんでしたけど、とにかくそういうことで何か調べていたようですね」

「ふ~ん、なるほどです」


 登録していた探索者ってなると……引退した人? それとも怪我をして続けられなくなった人?

 俺は一瞬、以前にロストショットを使って力を失わせた千葉たちの顔が思い浮かんだけどもしかして……?


「どうしましたか?」

「……いや、なんでもないです」


 思えばもう、千葉たちのことも全然見かけていない。

 探索者を辞めてから普通科に戻った後、ちょくちょく見かけていたが本当に最近は一切その姿を見ることはなく、学校に居るのかどうかも興味がなかったので気にはしていなかった。


「あ、そうでした! 実は私、出張で九州の方に行ってたんですよ。それでお土産を買ってて時岡君にも渡したかったんです」

「え? 良いんですか?」

「もちろんですよ。是非持って帰って皇さんと食べてみてください」


 どうやらあっちの方の有名なお菓子を買ったとのことでもらってしまった。

 甘い物が大好きな刹那がとても喜びそうなお土産に、俺はしっかりとお返しをする約束をしてから受け取るのだった。


「……研究者ねぇ」


 少しばかりの気がかりはあったが、すぐにそれも気にならなくなった。

 最近は天使の騒動もないし寺島の接触もないし、とにかく改めて俺たちの間に平和が訪れた気分だった。

 しばらくは学校でも大きな行事はないし、本当に刹那とゆっくり過ごすことが出来そうだ。

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