お店で湯豆腐
目の前から寺島がジッと睨みつけてくるのだが、確かに今のは俺が傍から見れば悪いだろう。
獲物の横取りはご法度だが、その獲物とされる魔物を俺たちが逃がそうとした時点で横取りとかそういう話ではなくなるため、次に魔物を仕留めようとする者にその権利は与えられる。
つまり、その権利を与えられた者を俺は邪魔をしたわけだ。
「すまね。マジで手が滑ったんだよ」
「ふざけるな!」
はい、そのお怒りはごもっともですよっと。
とはいえ俺たちにも譲れないモノがある――まあ屁理屈を言わせてもらえば、横取りはダメだが魔物を逃がしてはならないというルールはない。
そして何より、手が滑ったということは故意ではないので大丈夫ってことだ。
(我ながらアホだなぁ……ま、それだけこっちも必死だったってことだ)
既にあの天使の姿は見えず、ここで俺たちがこうしていても仕方ない。
天使の攻撃によって消滅してしまった魔物たちは既にリポップを再開しており、後少しすれば再びこの場所は魔物たちの姿で溢れかえるだろう。
光の粒子が次々に現れ、魔物リポップが始まった段階で寺島が小さく舌打ちをした後に背を向けて歩いて行った。
「……ふぅ」
「大丈夫?」
「あぁ」
一応寺島の刀を受け止めたからな……それで刹那は心配してくれたんだろう。
確かに寺島の刀は重たかったが、特にそこまで脅威に思える威力ではなかったので慌てはしなかった。
だがまあ、どんなスキルを持っているのか分からないので油断はしないが。
「何か共鳴していたみたいだけど、刹那の方こそ大丈夫か?」
「えぇ。薄らとだけど思い出したことがあるわ。私は確かにあの天使に助けられたことを漠然と思い出したの」
「そうか……つまり本当に」
「そうね」
彼女は胸元に手を当てた。
それは俺も夢で見た魔物に刃で貫かれたのと同じ場所……その場所に触れながら刹那は言葉を続けた。
「正直、思い出したとはいってもハッキリしているわけではないから……そうね。もう済んだことだし気にしても仕方ないわ。でも……またあの子とは話をしたいと思ってるわ。お礼もそうだし、どういう存在なのか聞きたいもの」
「そうだな。それは俺も同じ考えだよ」
どうして刹那の体と感覚が共有されていたのか、そのことも教えてもらえれば幸いだしな……あんな風に敵意なく言葉を交わすことが出来るのであれば、友好的な関係とは言わないまでも何か聞けるかもしれないし。
一応ではあるが本来の目的である刹那と天使の間にあった繋がりを取り除くことは出来たので一安心はして良いだろう。
「帰るか俺たちも」
「そうね」
とはいえ……少しばかり疲れたのは確かだ。
俺も刹那も今日はどこか店によって飯を食おうと意見が一致したため、俺たちは組合に向かった後に鍋料理の美味しいお店に向かった。
ただお腹は減っていたもののあっさりしたものが食べたくなり、メニューの中に湯豆腐があったのでそれになった。
「美味いな」
「そうね」
ポン酢でいただく湯豆腐の美味しさたるや最高の組み合わせだ。
あっつあつのお湯の中に入っている豆腐とその他の野菜などを食べるだけ……どうしてこんなにあっさりなのに満足出来る美味しさなのか……良いね。
「ありがとう瀬奈君」
「え?」
さて、そんな風に豆腐を突いている時だった。
刹那がふとお礼を口にしたことで俺は手を止めたのだが、すぐにそのお礼の意味が分かり気にしないでほしいと笑った。
今回のことは俺にとっても他人事ではなかった。
彼女を助けたいと、その一心で動いたのだから……しかし、やはり刹那にとってはそれで流すことは出来なかったらしい。
「そうはいかないわ。もしもあなたが居なかったらどうなっていたか分からない。それこそ、ダンジョンに潜った時に何も分からず死んでいたかもしれない……もちろん今まで何もなかったことが奇跡ではあったけれど、それでも私が今こうして元気で居られるのはあなたのおかげ……それは間違いないから」
「……そっか」
「そうよ。だからありがとう瀬奈君」
ここまで言われて俺はただ……なんて、これ以上の言葉は不要か。
とにかく彼女の力になれた。彼女を助けることが出来た――それで十分だ。
「けど……まさかあんなにしつこいとは思わなかったが」
「あぁ寺島君のこと?」
話は寺島のことに移る。
あいつは特にひどい噂は聞かなかったのだが、どこか力に貪欲というイメージを俺はさっきのやり取りで感じ取った。
「未知の魔物を狩ればそれだけ珍しいアイテムであったり、別の何かをドロップする可能性はある……それにしては結構な執着心だったわ。それに、どこか瀬奈君に対して張り合っているようにも見えたけど」
「あれか? 原因は」
「……かも? だとしても少し行き過ぎだと思うけれどね」
思い付く原因としてはやはりランキングに興味がない発言か……。
でも、そこまで根に持つことかよと思うが何に対して執着心を持っているかは人それぞれだし俺と寺島の考え方は違う……だから文句も言えないんだよな。
「でも……ふふっ、本当に安心したわ。帰ってのんびりお風呂に浸かって……あ、父と母にもつたえておかないと!」
「そうだな。今すぐ伝えようか」
取り敢えず、一旦はこれで今回のことは解決と見て良いだろう。
更なる火種が蒔かれたような気もするけど、今は刹那の身に何もなかったことを喜ぶことにしよう。
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