手が滑った

「……寺島?」

「やあ。君たちだったか」


 この空中庭園は強い魔物で溢れている……まあ今は天使の攻撃によって全て滅せられてしまったが、それでも普段における難易度の高さはよく分かっている。

 とはいえ、ランキング一位である寺島がここに訪れるのは特に珍しいことではないか。今まで遭遇しなかっただけで。


「ダレ……」


 天使が寺島を見て小さく呟く。

 探索者にとって魔物は倒すべき存在、それがどんな姿をしていたとしても変わることはないため、俺はサッと天使を背に庇うようにして隠す。

 とはいえ、寺島はこちらを見ていたし天使の存在には気付いているみたいだ。


「隠さなくても良い。最初は三人で狩りをしているのかと思ったけれど……それは人ではなく魔物だね? どうして殺さないんだい?」


 あくまでいつもの微笑みを崩さずに彼はそう言った。

 そうだな……確かに魔物は殺すのが当たり前だ――俺も刹那も今までずっとそれをしてきたのは変わらない。

 でも、流石に今回に関しては手を下す気は一切ない。

 まだ確実にハッキリしていないとはいえ、この天使は刹那を助けてくれた可能性があるわけだし、何より人間に限りなく近い見た目をしていて敵意がないのなら流石にな……。


(とはいえ、特に隠したりせずにある程度は真実を混ぜた方が良さそうだ)


 俺はそう考え、一歩前に出て口を開いた。


「少しばかり気になる相手なもんでな。悪いがこの辺りは今俺たちの狩場だ――悪いが奥に行くなり戻るなりしてもらえるか?」

「なるほど……」


 寺島は顎に手を当てて何かを考え始め……そしてこう言った。


「見たところ明らかに異質な存在だ。倒せばレアアイテム獲得に機会だってある。それに君たちの様子だと殺すつもりはないようだ――だったら話が早い。君たちの用が終わってから僕がトドメを刺す」


 ……あぁはい。面倒なことになったなとフラグを回収した気分だ。

 天使は何が起きているのか分かっていない様子で、刹那は寺島の言葉に警戒心を露にしている……まああれだよな。

 この場において、本来の探索者としての在り方に逆らっているのが俺たちだ。

 だからこそいくら俺たちが天使を追い詰めたとはいえ、それを逃がそうとした場合に寺島が仕留めても文句は言えない。


(クソッタレが……)


 本当なら今ここで良い感じに纏まりそうだったのに……いくらイケメンでランキング一位の秀才とはいえ、流石に空気が読めてねえぞ。

 刹那も立ち上がり、寺島に視線を向けた。


「寺島君。詳しい事情は話せないけれど、どうか見逃してくれないかしら」

「なら君たちがその天使を仕留めればいい。僕だって探索者――目の前に見たこともないレアな魔物が現れたのなら見逃したくなんてないからね」


 空気は読めないししつこい……けれども間違ったことは何も言っていないのが本当にタチが悪い。

 どうして俺たちが天使に対して会話を試みたのか、それを話しても良いが……一応刹那の身に起きていたことは前例がないし、覚馬さんや鏡花さんもまだ調べが足りない段階で口にするのは控えた方が良いって言ってたくらいだしな。


(魔物と感覚が共有される……そんなこと、明らかに物珍しいなんてレベルじゃねえし、どうにか誤魔化すしかねえ)


 そう思い立った時、後ろで動きがあった。

 天使に施していた拘束が解け、彼女は翼を広げてそのまま空に飛び立とうとしたのである。

 正直な話、言葉を交わせるのであれば色々と聞きたいことはあった。

 しかし、先ほどまで握っていた相棒から伝わっていたのは大丈夫って感覚だったので一応は刹那のことに関しては解決したと見ていい。


「……ワタシ、クウキハヨメル……ダカラ……サヨウナラ」

「……わお」

「そ、そうなんだ」


 どうやらこの天使さん、ちゃんと空気は読めるようだった。

 ヒラヒラと手を振ったりと人間らしい行動だが、やはり身体能力はそれなりに化け物らしく空に飛び立つ速度も中々だ。

 けれど、そんな天使を追うように寺島もまた即座にジャンプした。


「逃がすものか!」


 ランキング一位の寺島も身体能力は凄まじく、ただのジャンプなのに飛び立つ天使に向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 俺もすぐさま二人を追うようにして跳躍し、天使を斬るフリをしながら寺島の刀を受け止めた。


「な、何をするんだ!」

「すまん手が滑ったわ」

「手が滑った!? 明らかに僕の刀を受け止めてるだろ!!」

「いやぁ悪い。ついでにもっと手が滑った!」


 思いっきり刀を振り抜くことで、寺島の体を地上に押し返すことに成功した。

 天使の姿は既に見えなくなり、あの様子だとまた会えるような気がしないでもないが一応の幕引きとなるだろう。

 大きな砂煙を巻き上げるようにして地上に落ちた寺島だったが、その体には一切の傷は見られずピンピンしている。


「お前……どういうつもりだ」

「だから言っただろ。手が滑ったって」

「……ふふっ」


 明らかに無理な誤魔化し方に刹那は笑っているが、同時に安心もしたようだ。

 問題は目の前で思いっきり睨んでくる寺島だけ……さて、どうこの場面を切り抜けるか考えることにしよう。

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