一難去って
確かに天使が言葉を発した。
しかし、それ以降特に喋ることはなく沈黙を続けるのだが、天使は常に刹那を見つめていた。
刹那自身に全く覚えがないのは仕方ないとして、ここまであからさまだと確実に何かがあるのは確かだ。
(何かがあるのは間違いなくても、その何かが分からないんだよな)
とはいえ、こうして刹那に興味を持っている様子だと敵対の意志は見られない。
まあ流石にそれでこの縄を解こうとは思わないが、取り敢えず……まずはアレを確かめる必要があった。
刹那は懐から小型のナイフを取り出し、天使の傍で屈んだ。
「ごめんなさい。少し確かめたいの」
刹那は優しく、天使の腕に刃の先を走らせた。
天使は一切表情を変化させないものの、その腕にゆっくりと切り傷が作られていくのはジッと見つめている。
そして、刹那の腕にも変化が起きた。
「っ……」
天使と全く同じ位置に切り傷が出来ていく。
何もそこに触れていないのに、まるで透明な刃が肌に触れているかのように赤い痕を形成していき、血も僅かに流れてきた。
「これでハッキリしたわね。私とこの天使が繋がっていることに」
「そうだな……」
ある意味で分かっていたからこそ驚きはない。
しかし……驚きはないけどそう言うことがあるんだなと唖然はする。いや、唖然も言ってしまうと驚いているようなものか。
「アノトキ……ノ……」
「……ごめんなさい。憶えてないのよ」
申し訳なさそうに刹那はそう言い、天使の手を握りしめた。
自分とそう変わらない大きさの手を両手で包み込むように優しく……それは正に本来であればあり得ない光景だ。
魔物と心を通わせているようで実際はそうではないのだが、彼女たちの姿は一つの芸術と言っても良いほどに美しかった。
「……あ」
「どうした?」
その時、刹那に変化が起きた。
心なしか天使の瞳も光っているように見え、まさか何かをするつもりかと警戒したが特に何も起きない。
刹那はゆっくりとこちらに視線を向け、ボソッと呟いた。
「少し……思い出したかも――この天使は私を助けてくれた……あぁ」
「刹那、大丈夫か?」
俺も彼女の傍に屈んで肩に手を置いた。
もしかしたらさっき天使の瞳が光った時に、何かしらの繋がりが刹那との間で発生したのだろう――それで天使との間で封じられた記憶が刺激されたのかもしれない。
「大丈夫よ。でも薄らと思い出せたかも……いいえ、これは思い出したというよりは勝手に脳裏に浮かんだ映像にも見えるけど」
「そうか。まあでも、繋がりがあると確信出来ただけでも大きいさ」
心なしか天使も完全に沈黙し暴れるつもりはないようだし。
それならばここからは俺の仕事だと、刀を持って天使の前に立つ――刹那は天使の顔を胸に抱くようにして視界を塞いだ。
天使から困惑したような様子を感じ取ったが、確かにさっきまでバチバチにやり合う雰囲気だったのでそうなるよなと苦笑した。
(行くぜ相棒)
俺がやることは簡単――刹那と天使の間にある繋がりを斬るだけだ。
本当にこれで解決するかどうかは分からないが、少なくとも何も試さないよりは遥かにマシである。
一応刹那は自分の体にも傷を作ることで、同じことが天使の身に起きていることも確認しているので本当に二人は繋がっている。
「完全には思い出せないわ。それでも……あなたとの間に何かがあるのは分かっているの。この記憶が真実だとするなら私はあなたに感謝をしたい――ありがとう」
刹那が天使の耳元でそう言ってすぐ、俺は刀を思いっきり振り下ろした。
もちろんそれは天使の体を斬るのではなく、二人の間にあるであろう繋がりを斬るための一撃だ――俺自身としては難しいと思っていただけに、握りしめる相棒から大丈夫だと言われているようで安心していたのもある。
「……どうだ?」
振り抜いた刀は相変わらず輝いており、正直なことを言えば何かを斬ったという感覚は全くなかった。
刹那と天使のどちらの体にも傷は外傷は付いていない……その時点でもまず一安心だが、やはり問題は刹那はどうなったのかという不安だった。
「……ちょっと待ってね」
天使から離れた刹那は自分の腕に再び軽い傷を付け始めた。
いくら確かめるためとはいえ大事な彼女が自らの体に傷を付けるのは嫌だが、それでもこれに関しては確かめるのも早い。
刹那の腕に傷が入り、俺は緊張しながら天使の腕を見た。
天使の腕のどこにも傷が入ることはなかったが、それだけでなく一応体全体に異変はないかと探していった。
もちろんその反対の検証も済ませ、天使の体に傷を付けても大丈夫なのは確認した。
「大丈夫そう……だな?」
「えぇ。彼女もたぶん、どこにも異変は起きてなさそうだわ」
えっと……呆気なかったけどそれならこれで解決で良いんだよな?
よくある漫画とかだとここに来て何かしらの問題発生というのがお決まりのパターンではあるけれど、それがないように祈りつつも周りの警戒は怠らない。
そうこうしていると、天使にも当然ながら変化があった。
「アナタ……ハ……アノトキノ……コ?」
相変わらずカタコトなのは変わらないが、間違いなくしっかりとした意志を俺たちに感じさせた。
瞳もどこか光が宿っているようにも見え、これならある程度は対話が出来るのではないかと期待が持てる……というより、魔物と対話が出来る可能性がある時点で少し俺と刹那はワクワクしていたことだろう。
だからこそ、少しばかり反応に遅れてしまった。
「……?」
この場所は空中庭園……つまりはダンジョンだ。
如何に難易度の高い場所であっても、ここに俺たち以外が訪れないという道理はどこにもない――彼が、寺島がゆっくりとこちらに歩いてきていたのである。
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