コトバ

 放課後になってすぐ、俺と刹那はダンジョンへと向かった。

 Sランク階層に入ってすぐの場所には所謂魔物の寄ってこない休憩スペースがあるので、俺は刹那と向かい合ってあの夢のことを話す。


「そんな夢を……偶然なのかしら」

「分からない。まああの女の子が刹那って確証もないけどさ」

「……………」


 夢の中で女の子を天使は助けていた。

 魔物の攻撃によって瀕死の重傷を受けた女の子……おそらく、後少しでも遅かったら確実に死んでいたはずだ。

 刹那も思い出そうとしているようだが、正直こんなことを思い出しても逆に不安になるだけだろう。


「……昔のことに関しては本当に記憶として残ってないわね。そういうことがあったら覚えていると思うから」

「そうか……ま、単純にこんな時にあの夢を見たからこそ気になっただけだ。何らかのメッセージっていう可能性も考えつつ、天使をどうにかするとしよう」

「分かったわ」


 メッセージにしてはあまりにも不穏すぎるけどな。

 それから俺たちはいつもと同じように比較的難易度の低い魔物たちを狩る探索者たちの間を抜けるように、現状の彼らが決して到達できない空中庭園エリアまでやってきた。

 いつものように大きさの異なる怪鳥であったり、人型ではあるが明らかに化け物寄りの見た目をしたハーピィの姿も今まで通り見える。


「天使の姿は見えない……な」

「そうね……」


 どこか刹那が肌寒そうに腕に手を当てていた。

 調子が悪いわけではないらしく、刹那だからこそ何かを感じ取っているようなその様子を俺は注意深く見ていた。

 これは何かあるなと、何か起きるなと自分でフラグを建てるつもりはないが、こういう時の俺の予想はよく当たる――まだ魔物たちがこちらに気付いたわけではないにも関わらず、俺は手元に刀を呼び出した。


「刹那――俺が居る」

「……ふふっ、かっこよすぎでしょ」


 それくらいの見栄は張らせてくれよと俺は笑った。

 もちろんただの見栄で終わらせるつもりはなく、この大切な彼女を守るために常に全力を尽くすだけだ。

 それから俺たちは体を解す意味でも辺りの魔物を狩っていく。

 見るからに魔物の姿が少なくなってきた頃、刹那が何かの到来を感じさせるかのように身震いした。


「……来たわ」


 その一言で十分だった。

 さっきまで無数に溢れていた魔物たちを撃ち貫くように光の光線が空から放たれ、貫かれた魔物たちは一瞬で灰と化していく。

 もちろん俺と刹那にも向かってそれは降り注いだが、全ての攻撃を俺は刀で振り払っていく。


(相変わらず人にしか見えないこいつは……)


 辺りを焦土と化して天使は現れた。

 既に臨戦態勢は万全ということで光を放つ槍、そして以前にはなかった盾を装備している……まるでヴァルキリーのようだった。


(……まんま夢の通りだな)


 夢の通り……同時に、昨日見た姿と何も変わらない。

 長い前髪で顔が見えないのは相変わらずだが本当に人と見間違えるほど……改めて相対し、相手はやる気満々だがやはりやりづらい印象だ。

 俺は刹那に目配せをした後、一歩を踏み出す。


「ちょっと良いか」


 もしかしたら話が通じるかもしれないと、そう希望を持っての問いかけだが無駄だったようだ。

 天使は一切こちらに応じるようなことはなく、俺が一歩を踏み出したことでその手に持っていた槍を構えた。


「……ま、そうなるか」


 ただ、今回に関してはしっかりと準備をしている。

 元々刹那とどういう風に動くか、どのようにして対話を試みるか……そしてそれが無理だった場合、どのように動きを止めるかも全て考えてある。

 天使が翼を広げて飛び立とうとした瞬間、刹那が魔法を発動させた――それは氷属性の魔法、巨大な氷柱が無数に現れて天使に襲い掛かる。



「刹那!」

「分かってるわ!」


 天使が槍を一振りするだけで、氷柱は全て粉々に砕けていく。

 どうやら昨日俺たちに見せたのは力の一端のようでまだまだ底は見えない……しかし、だからこそ俺は剣聖のスキル――そこから派生した剣神のスキルを全開で発動させる。

 天使との戦いが熾烈を極めることは分かっていた……だからこそ、天使が本格的に動き出す前に俺は全力で迎え撃つのだ。


「ここだ!!」


 刹那の魔法を打ち消した天使の背後に移動し、俺は刀を思いっきり振り抜く。

 スキルによって乗せられた力も合わさり、俺の刀の一振りは強い威力を持って天使の槍に受け止められ……もちろん、こんなことで止まりはしない。


「はあああああああああっ!!」


 単純なまでの力で捻じ伏せるように力を込める。

 すると天使が持っていた槍が吹き飛ばされ、今度は盾でガードしようとしたが俺はそれを見逃さない。

 今の俺は身体能力にもブーストが掛かっているので、刀の扱いだけにスキルの恩恵が乗るだけではないのだ。


「っ!?」

「捕まえたぞ」


 盾を持っていた腕をグッと掴み、そのまま刀で盾も弾き飛ばした。

 槍も盾も失ったことで天使は高火力の魔法を発動させようとするが、それを止めたのが刹那だった。


「ここよ!」


 背後から近づいた刹那はとあるマジックアイテムを発動させる。

 それは決して相手を傷付けるのではなく、拘束する魔法だ――光の縄が天使の体を絡め取り、その動きを封じていく。

 縄に俺も刀を刺すことで魔力を流し込み、更に強固な縄となって天使を確実に拘束できる優れものだ。


「……よし」

「成功ね」


 天使はどうにか拘束を抜けようともがいているが、絶対に抜け出せないのがこのマジックアイテムである。

 ごめんなと思いつつも、俺は天使の顔を覗き込んだ。


「さて……こっからどうすれば良いかな」


 いざ捕まえてはみたもののこっから難航するな……。

 どうしようかと考えていた時、刹那がそっと天使に近付いてその長い前髪を掻き分けた。

 すると出てきたのは可憐な少女の素顔――瞳が所謂レイプ目のような黒に染まっている以外は本当に人間と何も変わらない顔だ。


「可愛い……わね」

「あはは、ここでそれかよ」


 だがまあ、確かにそれは俺も思ったことだ。

 とはいえ刹那が顔を覗き込んだということは距離が近いことを意味しており、天使は刹那の顔を見て固まった。

 パクパクと口を動かし始め、どうしたのかと俺たちは訝しむ。


「アノ……トキ……ノ」

「っ!?」

「え!?」


 それは確かに天使が言葉を発した瞬間だった。

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