俺と刹那の間で天使に関する対策を立てる中、当然のように学校での日々は通常通り過ぎていく。

 まあ昨日の今日なのでいきなり特に変化はないのだが、覚馬さんと鏡花さんにも既に伝えていることなので、見つからないとは思いつつも天使に関する情報が何かないか探してもらっている。


「……ふわぁ」


 っと、昨日から色々と考え過ぎて眠気がかなりヤバい。

 今日に支障が出ないようにと、刹那と一緒にどうにか眠ったはずなんだが……やはり途中で目を覚ますというのは悪かったらしい。


「……うん?」


 眠気と戦う中、チラッとこちらを見る刹那と目が合った。

 ちょうど先生が黒板に文字を書いているのを良いことに、バレない絶妙な瞬間を狙って俺を見ている。

 大欠伸をした俺を見て彼女は呆れるでもなく、深夜に話を続けてしまった罪悪感がありありと視線から感じ取れた。


(あれはどっちかって言うと俺が悪かったんだよ。だから刹那、君がそんな顔をするんじゃない)


 たとえ言葉を交わさずとも、不思議と視線で会話をすることに少しだけ慣れた。

 テレパシーでもなくエスパーでもないのだが、何となくお互いのことが分かるのはそれだけ俺たちの絆が深くなったんだと思うと嬉しいものだ。

 刹那は安心したように頷き、前を向いて授業に再び集中した。


「……………」


 しっかし、俺も少し考え過ぎかなと思ってしまうな。

 ダンジョンに行かないことには天使に関してどうしようもないし、学生である以上は学校に居る間は勉強に集中するのが当たり前だもんな。

 まあでも、それも仕方ないってもんですよっと。


「集中集中っと」


 それから眠気が襲い掛かる地獄のような時間を過ごし、昼休みになったがその時も俺はとにかく眠たくて仕方なかった。

 刹那と一緒に昼食を摂っている時、出来るだけ欠伸を我慢していたが所々漏れてしまい刹那に笑われてしまったほどだ。


「刹那は眠くないの?」

「私は全然だわ。そもそも学校で眠たくなることってないからね」

「……マジかよ」


 流石優等生だな……いや、そこは関係ないか。

 一つ、二つ、三つと欠伸の回数を積み重ねているとついに見兼ねたのか無理やりに俺は刹那の膝枕を受けることになった。

 思いっきり肩を抑え付けられるようにして横にさせられた時、俺は刹那に阿修羅を見たような気がしたが……気のせいだと思いたい。


「勘違いしないでね? 別に怒ったりしてるわけじゃないの。そんなに眠たそうにしてたら思いっきり甘えて眠りなさいって気持ちになるわ」

「そんなもん?」

「そんなもんよ。もうお母さんになった気分だわ」

「お母さんって……」


 まあ確かに彼女は将来凄く良いお母さんにはなりそうだけどなぁ……。

 まだ高校生なのにそういうことを想像するのは気が早いけど、彼女との未来を考えるなら別にそれくらいは許されても良いか。


「……ちょっと寝るわ」

「えぇ。おやすみなさい」


 以前にも……というか何回も思っていることがある。

 付き合い始めてから刹那は今まで以上に積極的になったし、何より包容力が凄まじくてついつい甘えてしまう。

 彼女はそれを望んでくれているようだけど……このままだと、彼女に対する甘え癖が付くのではないかと少し不安だ。


(ま、気にしなくて良いか……あぁダメだ。寝よう)


 俺は我慢出来ず、刹那に頭を撫でられながら眠りに就いた。


▼▽


 ある時、彼女はその目で空を見上げた。

 亜空の中に作られた世界の中で、彼女はとある一点を見つめた――そこには一人の小さな女の子が歩いている。


『……………』


 それは偶然だった。

 音もなく、観測されることもなく一つのダンジョンホールが出現し、幼い子を呑み込んだ。

 女の子は何が起きているのか理解出来ていない。

 ゆっくりと、ゆっくりと影に潜む魔物が背後から近づく――そして一瞬の内に女の子の胸を鋭利な刃物が貫いた。


『……ア』


 彼女はずっと見つめていた。

 その女の子の口から血が吐き出される瞬間を、命の灯が消えかかっていく瞬間を見つめて続けていた。

 見ていたのは偶然だ。

 本来であれば決して見えることはなく、人間である女の子を気にすることもない。


『タスケ……ル』


 彼女は優しかった。

 たとえ魔に分類されるものだとしても、彼女はその見た目もあって美しく優しい心の持ち主だった。

 彼女は飛ぶ――少女の元へ。

 尚も襲い掛かろうとする魔物を光の槍で滅し、消えかける命に魔法を掛ける。

 小さな命は尊く、守るに値するものだと彼女は知っていたから。


『コレデ……ダイジョウブ』


 消え行く命を救う、それはとてつもない代償を伴う。

 必要なのは己の血と共に一部の魔力……そして自分自身。


『……ゲンキデ……ネ』


 ホールが消滅した時、少女は何事もない様子で家に帰っていく。

 その後姿を再び彼女は見つめていたが、その瞳に意志はなく――ただただ、動くものを見つめている人形のようだった。

 彼女は自分自身を失った……けれど、優しい心は残っていたようだ。

 少女が親と思われる二人と合流するまでを見守った後、彼女は元あるべき場所へと戻り……そして、数年が経過して彼女は懐かしさを感じ飛び出したのだ。


▽▼


「っ……」

「瀬奈君?」


 ふと、目を開ければ刹那が不安そうに俺を見下ろしていた。

 あまりに眠たくて膝枕をしてもらったことはしっかりと覚えており、かなり気持ち良く眠っていたようだ。

 だが……妙な夢を見た気がする。


「……いや、何でもない。変な夢でも見たかも?」

「そう? なら良いんだけど」


 頭はスッキリしているが気持ちはスッキリしない……そんな何とも言えない気分の中、俺は刹那と共に教室へ戻るのだった。


(なんだ……あの夢は)


 取り敢えず、放課後になったらこれも刹那に伝えることにしよう。

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