天使化

 ダンジョンから戻ってきた後、俺と刹那は一緒に風呂を済ませた。

 その間に彼女の腕に出来た傷が綺麗に塞がっているのを確認したが、ちゃんと傷は塞がっていたのでまずは一安心だ。


(取り敢えず安心して良いのかどうかは分からないけど……一旦な)


 傷のあった場所を丁寧に触り過ぎていたのか、刹那にくすぐったいと言われたのも仕方ないこと。それだけ心配だったんだから。

 それから二人で夕飯を食べ、寝る準備を整えてから俺たちは向かい合った。


「さてと、それじゃあ……」

「大丈夫よ。あなたの感じた不安、なんでも話してみて?」


 刹那にそう言われ、俺は頷いた。


「実は……あの天使についてなんだけど――」


 そこから俺はあの天使についての予想を全て話した。

 天使に傷を付けた場所、それは刹那の腕に出来た傷の場所と同じだったこと。戦いの最中なので気付かない内に傷が出来た可能性もあるし、天使という未知の敵だったからこそ不可解な技を受けた可能性もあったが、俺はあの天使の体に出来た傷が刹那と共有されたのではないかと考えた。


「……なるほどね」

「あぁ」


 魔物と傷が共有される……そんなことは今までに全く聞いたことがない。

 というかそんなことがあったら魔物を殺してしまう都合上、不可解な探索者の死が報道されてもおかしくはないからだ。


「天使……ちょっと良いかしら」

「うん?」


 刹那は一度深呼吸をした後、天使の翼を発現させた。

 相変わらずの綺麗な純白の翼と輝く瞳……そうそう見る機会はないが、何度見ても彼女の美しさが更に強く演出される光景だった。

 ダンジョンでもなければ模擬戦場でもなく、俺たちの寝室で見るというのは中々に不思議な気分だ。


「何か関係があるのかしらね……」

「分からん……って、確信じゃないけど信じてくれるのか?」


 そう聞くと、刹那は俺の手を握りしめた。


「自分の体に起きた不可解な現状だもの。気になるのは当然だわ――でもね? それ以上に瀬奈君に心配と不安を掛けたくないから――もしも私の身に起きたらあなたは悲しんでしまうでしょ? 逆も然りだけれど、それが嫌だからどんなことにでも耳を傾けるの私は」

「……そっか」


 まあ俺も、刹那がそんなことあるわけがないって言うとは思っていない。

 それは彼女が決して頷く以外の行動を取らないとかそういうのではなく、しっかりと自分の意見を持ちながら話を聞き、そしてそれに対して考えを言ってくれている。


「……ははっ」

「どうしたの?」


 ふと笑みを零した俺に刹那が首を傾げる。

 俺は突然笑ってごめんと前置きをした後、彼女のことをゆっくり抱きしめた。


「そんな風に言ってくれたのが嬉しいのはもちろんだけど……なんだろうな。今の神秘的な姿の刹那にそう言われると、まるで女神を見ているみたいでさ」

「あら、そんなことを言ったら女神様に失礼じゃない?」

「何言ってんだよ。女神以上に綺麗だって刹那は」

「……もう」


 背中に刹那の腕が回り、俺たちはしばらく抱き合ったままだった。

 それから体を離しても刹那は天使化を解かず、しばらくその状態で過ごすことにしたようだ。

 なんでも、俺に女神みたいと言われたのが嬉しかったらしい。


「でも……こうなってくると色々と考えることは増えそうね?」

「そうだな。まあ、もしも常時あの天使と感覚が共有されているとかなら今までに傷を負わないのはおかしいし、もしかしたら傍に居る時だけかもしれない」


 とはいえ、これはあくまで希望的観測に過ぎない。

 あの天使の体に傷が付くことで刹那が苦しむことになったなら……それはとても恐ろしいことで看過は絶対に出来ない。

 だからこそ、迅速に事態の究明はしたいところだ。


「私の天使に力については本当に詳しいことは分からないし……両親も本当に何も分からないのよね」

「関係あるかないか……どうにかしないとな」

「ごめんなさいね」

「謝る必要なんかない。大切な彼女のために悩めるのは嬉しいからさ」

「もう、本当にあなたって人は」


 ま、こういうことだから刹那は俺に関して心配しないでほしい。

 もちろん喜べることではないのだが、それでも何となくいずれは向き合わないといけないことだと感じてはいたので、この機会に刹那の天使の力について解明出来ればそれはそれでプラスだからな。


「これからの方針としては常にダンジョンには潜ってみるか?」

「そうね。明日もまたあの空中庭園に行ってみましょう」


 明日の予定を決め、刹那ともう少し話をしてからこの件は一旦終わりになった。


(……まるで、雪の時を思い出すな。大切な存在を守るために、何がなんでもこの状況を打開するためにがむしゃらに動く……あの時と何も変わりはしない)


 もちろん覚馬さんと鏡花さんにも伝えるべきだろう。

 二人の方で何か分かることがあるかもしれないし、たとえ分からなくても俺たちがこうして遭遇したことは伝えておいて損はないはずだ。

 ……正直、色々と考えたんだ。

 あの時と同じなら一人でダンジョンに向かうことも……でもそうすると、それは刹那のことを何も考えていないのと同じだからこそ、その選択は取れなかった。


(今日はもう休むとしよう。明日から本格的に動くことになりそうだし)


 そうは言っても、思えばこうして自宅で彼女の天使化を見るとは思わなかった。

 なので少しジッと見てしまうのも仕方ないし、触っても良いかと聞いてみるのも何もおかしなことではない。

 許可が出たので俺は彼女の翼を触ってみた。


「……柔らかいな」

「私のおっぱいを触った時と同じ反応ね?」


 やめなさい。

 っと、それはともかく……まるで鳥の羽を触っているような感覚だし、温かさを感じるのも不思議だ。

 失礼かと思いつつも、パジャマの中に手を差し入れるようにして翼の付け根に手を当てると、違和感を抱きにくいくらいに皮膚と同化している。


「ちょっとくすぐったいわ」

「おっとすまん」


 これ以上やると流石にマズそうだなと、俺は手を引っ込めた。

 その後、刹那と軽くキスを交わしてから俺たちは横になった――さて、何事もなかったらそれで良いんだけど……果たして、どうなるか。

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