不明瞭な事態

 突然に目の前に現れた天使を俺と刹那は相手していた。

 神秘的な見た目もさることながら、天使の放つ技そのものも神聖さを感じさせる不思議な感覚だった。

 光属性を思わせる魔法、手の平に生み出す光の槍……その全てがまるでアニメや漫画で見る天使を彷彿とさせる。


「刹那!」

「えぇ!!」


 刹那と連携しながら天使の猛攻を掻い潜り、その懐に入るようにして刀を振るう。

 しかし天使の体の前に出現する光の壁に受け止められ、俺と刹那の攻撃はそれぞれ意味のないものへと成り下がった。


(……いや、違うな――あまりに人に似すぎているからこそ、俺も刹那も決め手に欠けているんだ)


 そう、問題はそこだった。

 目の前の存在が魔物に分類されることは分かっているのだが、見た目もそうだし雰囲気そのものも人と大して変わらないため、本当に相手にしづらい。

 何も気にせずにその胴体を切り裂いてしまえばいい……それが正しいんだが、やっぱりオークやオーガを相手にするのと全く違うなこんちくしょうが。


「アアアアアアアアアッッ!!」

「……歌声?」


 それは確かな女性の声だった。

 魔物が発する鳴き声とは違う荒々しくも綺麗な声、それこそ戦っている証とも言える激しさを感じさせる声だ。

 天使を中心として魔法陣が形成され、そこから光線が放たれた。

 かなりの威力を誇っており、万が一にも体に当たったら大怪我は免れないだろう。


(……わお)


 俺は刀で光線を弾きながら、しっかりと刹那の動きには目を向けていた。

 彼女も俺と同じように剣で光線を弾き、難しい場所に飛んできたものは氷の壁を駆使して防御している……その動きはまるで舞のようにも見え、力強いその在り方は心配は要らないと俺に伝えてくれているかのようだった。


(そうだな……これじゃあまるで、刹那のことを信じていないみたいだ)


 俺は頭を振って考えを改めた。

 刹那は俺にとってとても大切な存在なのは変わらないし、こうして心配することは何もおかしなことではない――でもだからこそ、刹那は強いんだと俺はただ信じていればいい。


「取り敢えず……行くぞ相棒」


 俺は刀を握る手に力を込め、一歩を踏み出した。

 一瞬にして全てを置き去る速さに乗った俺はそのまま天使の元に向かい、奴の目の前で大きく刀を振りかぶった。

 天使は光の壁を生成して攻撃を受け止めようとするものの、俺はその一切を気にすることなく刀を振り抜いた。

 当然のように刀を受け止められたが、力を込めれば俺の刀は止まらない。

 概念を切り裂くからこそ受け止めても斬ることが出来る――どうやら天使も俺の刀には驚いているようだ。


「今だ刹那!」

「分かってるわ!」


 俺に注意を向けた天使の背後から刹那が斬りかかった。

 天使は自らの翼を使うことで刹那の剣をガードすることを決めたようだが、刹那の一撃はそのガードを越えた。

 体勢を崩したことで光の壁も消えて行き、俺は……。


「っ……」


 一瞬、前髪に隠されていた瞳が見えた。

 それを見るとやはり人間にしか見えず、俺は刀の切っ先が向く場所を天使の腕へと変えた。

 俺の刀は天使の肩を傷付けるだけに留まったが、血がだらっと流れた。

 天使は流れる血をジッと見つめた後、眩い光を体から放ち――光が晴れた時には姿を消していた。


「……なんだったのよ」

「本当にな」


 まるで夢を思わせるような時間だったが、天使と戦ったのは夢ではない。

 天使が居たことを示すように白い羽が辺りに舞っており、もしかしたら恐ろしいほどの速さで空高く舞い上がったのかもしれないと俺は予想を立てた。


(……いきなりだったな。それにしても、あそこまで人に近い魔物は初めて見た。もしかしたら話をするくらいは……なんてのは流石に甘い考えだったか)


 取り敢えず、以前のようにおかしなアイテムが出現しているわけでもないので何か気にする必要はなさそうだ――そう、思っていたんだ。


「っ……」

「刹那?」


 刹那が腕を押さえてその場に蹲った。

 まさか天使との戦いで怪我を負ったのかと心配になったものの、確か俺が見る限り彼女はどこにも傷を受けてなどいなかった。

 それでも俺は刹那のことだからこそ心配になり駆け寄ったのだ。


「どうした?」

「分からないの……いきなり腕が痛くて」


 刹那が痛いと言った場所に置いていた手を退けた瞬間、俺は唖然としてしまった。

 何故なら刹那が押さえていたその部分からそれなりに少なくはない血が流れていたからだ。

 ゆっくりと袖の部分を捲って傷口を確認する。

 彼女の綺麗な肌に一筋の線が入るようにして傷が出来ていた。


「血が……いつの間に?」

「分からん。取り敢えず軟膏を――」


 傷口を即座に塞ぐことの出来るダンジョン産の軟膏を取り出した時、俺はハッとするように再び傷口を見た。

 この腕の傷……間違いなく俺が天使に対して付けた傷と同じ場所だ。


(……どういうことだ?)


 痛くないように刹那の傷に薬を塗っていく。

 するとみるみる内に傷は塞がり、血も止まって元の綺麗な肌に戻った。


「どうしたの?」

「……いや」


 一旦、まずはダンジョンから出ることにした。

 刹那からしたら未知数の魔物に遭遇したという認識だろうけど、俺からしたらそれだけではない――果たしてこの現象を偶然だと、良く分からないものだと片付けて良いのかと考えた。


(あの天使の体に付いた傷が刹那にも共有された……? そんな馬鹿なことが……)


 あり得ない……あり得るわけがない。

 それでも一度考え始めると不安なモノで、もしも俺が何も気にせずにいつも魔物を斬るようにして天使を斬っていたらと思うと……。


「刹那、帰ったら少し話がしたい」

「分かったわ。何かあるのね? しっかりとお話をしましょう」

「……あぁ。ありがとう」


 察しが良くて助かると、俺は笑った。

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