母の想い
「……あ、おといれ」
ふと、真夜中に目を覚ましてしまった。
こうしてトイレに行きたくて目を覚ますのは年寄りかよと言いたくなるものの、行きたくなってしまったのなら仕方ない。
「すぅ……すぅ……」
俺に抱き着くように寝ている刹那をゆっくりと引き剝がすのだが、その途中で寝る前に散々触った彼女の大きな胸をしっかりと目に焼き付けて部屋を出た。
仕方のないことではあるのだが、こうして夜中に普段居るはずのない家で出歩くのは何とも言えない緊張感があった。
「……ふぃ」
出す物を出し終えて刹那の部屋に戻る中、俺は何故か引き寄せられるようにリビングへと向かう――そして、そこには鏡花さんが空を見上げて立っていた。
「鏡花さん?」
「あら、どうしたの?」
目を丸くしてこちらを見つめた彼女に、俺はすみませんと頭を下げながら近づく。
「トイレで目が覚めちゃったんですよ。それで戻る時に……えっと、なんか気になって覗いてみたら鏡花さんが居て」
「そうだったのね。それは申し訳ないことをしてしまったわ」
「いやいやそんなことはないですよ」
気になったのもトイレに起きたのも全部自分のことだからな。
それからすぐに帰ろうとしたのだが、良かったら少し話をしていかないかと鏡花さんに呼び止められたので、俺は彼女の隣に立った。
「私もちょっと目が覚めてしまったのよ。それで豪快にいびきをかく夫の元から逃げてきた感じだわ」
「あ、そうなんですね」
「瀬奈君も知ってるように大分お酒を飲んだから」
「確かに」
あれだけ涙を流しながら酒を飲んでいたらなぁ……ま、仕方ないってもんだ。
困ったように笑う鏡花さんの様子からは覚馬さんに対する僅かな文句はありそうだが、それでも彼のことを心から想っている感じが伝わってくる。
聞けば学生時代に出会ってからの関係らしいし、それだけの絆が二人の間にはあるってことだ。
「思えばこうして二人で話すことはなかったわよね」
「そうですね。覚馬さんとは一緒に銭湯には行ったりしましたけど」
「それ凄くズルいと思うのよ。ねえ瀬奈君、今度は私と一緒に混浴のある場所に行きましょう。それか家のお風呂に二人で入りましょうか――やっぱり裸の付き合いというのは大事なのよ」
「えっと……それは流石に――」
「あら……ダメなの? 刹那とも夫とも一緒にお風呂に入ったのに……それなのに私とはダメなの?」
「うぐっ……」
その言い方は卑怯だって……。
そもそも彼女のお母さんとお風呂に入るってシチュエーションがおかしいし、何よりそれを抜きにしても色々と刺激が強すぎる。
髪の色や他の細かい部分はともかく、顔立ちは刹那に似ていてとんでもない美人だし、ただでさえスタイルの良い刹那よりも更にそれを凌ぐほどのダイナマイトボディなので、こんな人とお風呂に入るとか色々と危ない。
「ふふっ、なんてね。揶揄うのは止めておきましょうか」
「……良かったっす」
「半分は本気だったけどねぇ」
刹那以上に色気を感じさせる表情は止めてもらっていいですかね?
クスクスと笑う鏡花さんだったが、すぐにその表情は真剣なモノへと変わり、ゆっくりと話し始めた。
「あの子はずっと探索者として過ごしてきたから……本当にこうして恋人を作るなんて思わなかったのよ。しかもこんなに素敵な子を連れて来るなんてね」
「その……覚馬さんにも言いたかったんですけど、俺の評価なんか高くないです?」
「正当な評価だと思うわよ? むしろ瀬奈君が自己評価低すぎるんじゃない?」
「……そうですかね」
俺は別に自分で自分を低く評価したことはないつもりだ……と言いたいけど、自分で気付かない時にもしかしたら言っている可能性もあるか。
「まあでも、あの子と付き合うことになって瀬奈君も随分と認識が変わったみたい。以前に夫と一緒にご飯を食べる機会があったけれど、あの時よりもあなたはとても頼りになる男の子になった」
そう言って鏡花さんは俺の頬に手を添えた。
間近で見る彼女は本当に綺麗で、それこそ月明かりに照らされているので女神のようにも見えた。
「もちろんその時もあなたはとても強い子だと思っていたわ。それでも娘が傍に居ることであなたはもっと、更に強く在れるように見えたの――そんなあなたが娘を守ってくれる、これだけ心強いことはないの」
「……………」
「もちろん私たちも手助けを惜しむつもりはないわ。こうして知り合った以上、娘の恋人になった以上は可能な限り寄り添うつもりよ」
「鏡花さん……」
「だからどうか、あの子をお願いね? 戦いばかりでゴリラみたいな部分はあるけれど、あの子は私たちの自慢の娘だから」
俺は彼女の言葉に強く頷き、頬に添えられていた手を握りしめた。
「分かりました。その……ゴリラという部分には頷けないですけど、刹那のパートナーとして傍で守り続けます。もちろんあの子にも助けてもらうことは多いと思いますし、それこそ二人三脚で歩いていきますよ」
「えぇ。そうしてちょうだい♪」
これもまた俺の決意みたいなものなんだろう。
そう笑いかけた時、ガチャッと背後で扉が開いた――振り向いた先に居たのは刹那で、彼女は信じられないものを見るかのように俺たちを見つめている。
「……あ」
「あら♪」
夜中、月明かりに照らされて手を握りしめ合う男女の図……おっとこれは最高にマズいのでは……?
「瀬奈君……浮気……なの?」
「違うから!!」
ええい! まずは彼女を宥めることになりそうだ。
ちなみに鏡花さんはお腹を抱えて笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます