久しぶりのダンジョン

 刹那と新しく住む場所に向かうのはまだ先だ。

 なので今日は本当に久しぶりというべきか、刹那と共に俺はダンジョンへと向かった。


「瀬奈君」

「おう」


 剣を手に敵に突っ込む刹那の後ろから矢で応戦する。

 俺たちの前に居座っているのは巨大な怪鳥ということで、Sランク階層でもかなりの強敵とされている巨大な魔物だった。


【魔弓】発動


 ダンジョンに久しぶりに入ったということは、この弓での戦いも随分と久しぶりということになる。

 しかしながら弓の腕は全く衰えておらず、Sランク階層の魔物を相手にかく乱と体力の消費だけを目的とするなら十分だった――俺がそれだけ出来れば後は頼れるパートナーが渾身の一撃を叩きこんでくれるからだ。


「はあああああああああっ!!」


 刹那の剣が淡い色の雷を纏い、そのままの勢いで怪鳥の頭上に飛んだ。

 空を舞う怪鳥の更に上まで飛んだ彼女の脚力に舌を巻きつつ、俺はその一撃が怪鳥の頭を貫いたのを見届けた。

 大きな呻き声を上げるように怪鳥は地面へと叩きつけられ、そのまま動かなくなり絶命したのを確認した。


「汗一つ掻いてないのは流石だな?」

『何を言っているのよ。弓とはいえ、私に万が一がないようにいつも以上にあの鳥の攻撃を全て撃ち落としていたじゃないの」


 流石に奴の吐く光線までは無理だが、それ以外の翼から羽を飛ばしてくる攻撃に関しては全て撃ち落としていた。

 正に俺にも敵が見えると言った具合だったが、それにしてはいつも以上に気合が入って戦えたようにも思える。


「刹那が居るからこそこうしてSランク素材を持ち帰ってもうるさくなくて良いな」

「今度からこうしましょうよ。SランクとBランクが組むなんて珍しいことじゃないし、何より私たちはパートナー同士よ?」

「そう……だな。これから機会を増やしていこうとは思っていたし、ここまで来て必死に隠すつもりはないからな。もし行くところまで行っても、覚馬さんと鏡花さんが手を貸してくれるって言ってたから」


 そう……だがやっぱり、そうなると少しばかり不自由な生活を強いることになる。

 だからこそ俺は今もまだこの弓を手にしている……だが、何が起きても良いように定期的に刀を抜く必要はありそうだ。

 血を流す怪鳥の臭いに誘われたのか、三つ首の獣が俺たちの前に現れた。

 まるで地獄の番犬とされるケルベロスを彷彿とさせる見た目だが……その雰囲気的にも先の怪鳥より遥かに強そうだ。


「やっぱりとっとと素材は剥ぎ取って消滅させるに限るわね」

「だな――刹那、あれは俺がやる」

「あら、私は邪魔になるかしら?」

「そう言う意味じゃない。ちょっと意地が悪いぞ?」

「ふふっ、ごめんなさい」


 三つ首の犬が大きく吠えたが、俺たちの間にあるのは和やかな雰囲気だった。

 刹那に背を向け、俺は刀を手にした――【無双の一刀】発動


「……ふぅ」


 小さく息を吐いた。

 手にした刀から伝わるのは必ず勝てるという確信と、必ず負けるなという相棒からの期待……誰に言っているんだと俺は笑った。

 駆け出した犬は確かに危険だ――だが、俺の敵ではない。

 刀を一閃、それだけで犬の首が一気に三つとも飛んだ……そして大量の血が断面から吐き出され、辺りは一気に鉄の臭いで包まれていく。


「もう血の海で体が埋まったな」

「そうね。少し臭いがキツイから早く戻りましょ?」

「分かった」


 一応吹き飛んだ頭が宝石に変わったので報酬としては十分だ。

 Sランク階層で取れる宝石は鉱石のように加工することで武具の強化に使うという用途があるため、こいつを換金するだけでもかなり金額になる。

 その場から離れ、俺たちはダンジョンから外に出た。

 真っ直ぐに組合に向かって換金を済ませるのだが、もちろん刹那が主導するように素材を渡していく。


「相変わらず凄いですね。流石は皇家のお嬢様です」


 皇家のお嬢様って褒めるのもよくよく考えたらちょっと違うよな。

 確かに血統というか遺伝はあるだろうけど、刹那が積み上げた功績は全て彼女の頑張りであることは分かっている。

 天使の血という他の人にはないものを宿しながらも、刹那はどこまでも真っ直ぐに探索者として生きているのだから。


「しかし、夏休みってこともあってか探索者の数はやっぱり少ないな」


 Sランク階層に人が居ないのは当然だが、そもそもダンジョンの入口にあまり姿は見られなかった。

 やはり探索者として生きるのも大事だが、里帰りして家族との時間を大切にしているということなんだろうな。


「終わったわ。行きましょうか」

「あぁ」


 ダンジョンから出れば刹那も普通の女の子だ。

 皇家のお嬢様としてもそうだが、その美しさから多くの視線を集める彼女も、俺の隣では彼らには絶対に見せない表情を見せてくれる。

 先ほどまでの緊張感が一切感じられない柔らかな微笑みを浮かべ、彼女は俺の手を握りしめた。


「本当はね? 腕を抱きたいの……でも、流石にこの暑さの中だと無理だから。これ以上あなたと引っ付くのは帰ってからにするわね」

「分かった」

「今から帰ったらちょうど5時過ぎくらい……一緒にお風呂に入りましょう」

「えっと……決定事項?」

「当たり前よ。気が済むまで洗いっこしましょ?」


 気が済むまで洗いっこは初めて聞いたな……。

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