友達に報告
「……ふぅ、緊張するな」
諸君……いや、別に誰かに問いかけるわけでもないが敢えて言わせてくれ――他人の家での大便はかなり緊張しないか? その証拠に俺はもうトイレに入ってから10分くらいが経過している。
「……くそっ、出ねえ」
俺が居るのはもちろん刹那の実家になるんだが、夕飯のしゃぶしゃぶを食ってすぐに腹痛に見舞われ、それから俺はトイレに籠っている。
トイレが綺麗なのは当然として、いつもと違う場所というのもあるが何より刹那の家というのが……何故か道をせき止めていた。
「……ま、のんびりするか」
それからもう俺は諦めて気を抜いた。
そうして思い出すのが覚馬さんと銭湯から帰った後のことだ――俺たちを出迎えたのは無言で腕を組む刹那だった。
彼女がどうしてそんな様子だったのか、それは単純に二人で銭湯に出たことだ。
ただ覚馬さんの俺と二人で話をしたいという気持ちも分かってくれていたのか、別に何かを刹那が言うことはなかった。
『刹那……これは一体……』
『何か文句ある?』
刹那のせめてもの仕返しは覚馬さんによそったお椀にあった。
肉は一切入っておらず野菜しか入っていない。それはそれで体に良いのは間違いないが、流石にしゃぶしゃぶなので肉は食べたかっただろう。
もちろん最初だけだったので後はもう覚馬さんは肉をたくさん食べていた。
「お、波が来たぞ……」
そんなこんなで考え事をしていたら波がやってきた。
長く籠っていたおかげもあって大変スッキリした後、俺はしっかりと手を洗ってからリビングに戻った。
既に夕飯は住んでいるが、窓から月を見上げながら覚馬さんが鏡花さんに晩酌をされながら酒を飲んで泣いていた。
「刹那が立派になって……瀬奈君のような子と一緒になって……うぅ!」
「あらあら泣いちゃって。全くもう、最初からこうだったら色々と楽なのに」
これは一体どういう状況でしょうか……?
腹痛との戦いに勝利して帰ってきた俺だったが、恋人の父親が酒を飲んで泣いている瞬間に遭遇したわけだ。
呆れた顔で見ていた刹那の元に向かう。
「どうしたんだ?」
「大分酔ったんでしょ。いきなり感動したみたいに泣き始めたわ」
「……へぇ」
まあ……ここは鏡花さんに任せることにしようか。鏡花さんも任せろって顔をしているし。
「行きましょうか」
「おう」
でもあれだよな。
泣いてくれるくらいに俺たちのことを祝福してくれている証でもあるんだと思うと凄く嬉しかった。
刹那の部屋に移動した後はのんびり過ごしていた。
特に恋人らしいイチャイチャをするわけでもなく、ただ寄り添って互いに自分のしたいことをするだけだ。
「あ、そうだわ。ねえ瀬奈君」
「なんだ?」
「沙希さんと夢さんに教えても良いかしら」
「俺たちのこと? 全然良いよ」
「ありがとう」
俺が言ったら……まあ信じてくれるとは思うけど、刹那から言えば確実に伝わってくれるはずだ。
俺も真一や頼仁に伝えようと思ったのだが、彼女から沙希や夢に伝わればそこから彼らにも伝わるだろう。
「あ、通話が掛かってきたわ」
「グループチャットだからか」
これは少し離れて聴かせてもらおう。
肩一つ分離れたと思いきや、彼女は一切離れる隙を許さないとばかりにまた肩をくっ付けてきた。
(……やれやれ)
それなら俺も離れるわけにはいかないなと苦笑した。
刹那が電話に出ると驚きというほどではなかったが、夏休みということで長く会っていなかった女子二人の声が懐かしかった。
『ちょっとちょっと! 予想はしてたけどほんとなの!?』
『ビックリ……はしたけど、ど、どど……どういう感じで告白……したの?』
完全に興味津々の二人だった。
というか今の時間は夜で俺たち学生が外を出歩くには遅い時間帯だ。なので俺が居ると分かったら更に騒がしくなることは容易に想像出来たため、俺は絶対に声を出さないと誓う。
「そうねぇ……あまり一人でベラベラ喋るわけにはいかないから。詳しいことは学校が始まったらで良い? でも敢えて言うなら……凄く幸せだった♪」
『その声音でよく分かるよ~』
『刹那さん。凄く幸せそう』
そうだなぁ、幸せそうににんまりしている刹那が隣に居るよ。
それから10分ほど三人で楽しく話をした後、終わり際に刹那が大きな爆弾を放り込んだ。
「ちなみに今、私は自分の部屋のベッドの上に居るんだけど彼も……瀬奈君も一緒なのよ」
『え~!?』
『も、もうズッコンバッコンしてるの!?』
「何を言ってんだよ夢!!」
あ、つい我慢出来なくてツッコミを入れてしまった。
現在進行形で言葉に出来ないことをしているわけじゃないけど、俺の声が聞こえた途端に沙希と夢はそれはもう大きな声を上げていた。
「それじゃあまたね!」
っと、刹那はそこで通話を切った。
こうなってくると寮から出る時にも話はするだろうし、刹那のことで色々と聞かれることになりそうだ。
「ごめんね? つい言っちゃった」
「良いよ全然。俺としては楽しそうに話してる君を見るのが楽しかったから」
「そっか♪」
刹那は更に俺に近づき、首元に顔を埋めて匂いを嗅いできた。
そのまま彼女はジッと動かなくなったが、俺としては時折感じる彼女の吐息がくすぐったくて身を捩る。
「なあ刹那。本当に付き合い始めてから変わったよな?」
「そうかしら? これが本当の私なんだと思うわよ?」
「……可愛すぎて色々辛い」
ないとは思うけど、二人でダンジョンに潜った際に気を抜くような事態にならないように心がけよう。
まあ、俺と刹那もダンジョンの危険さはよく分かっているし、俺たちに何かあったら悲しむ人たちが居ることも分かっている……そして何より、お互いに心配を掛けさせないという気持ちは強いので特に心配は要らないだろうけど。
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