銭湯

「……ふぃ~」

「あ~」


 覚馬さんとの戦いの後のことだ。

 刀を使うことで出し惜しみは一切なかったが、無事に相棒を握った俺に敗北は許さないという誓いを今日も守ることが出来た。

 そして、模擬戦の後に刹那や鏡花さんからも労いの言葉をもらい……俺と覚馬さんは銭湯に赴いていた。


「銭湯なんていつぶりかな……」

「そんなに来たことはなかったのかい?」

「はい。友達とも滅多に来ないですね」


 滅多にというか全く来ないな。

 銭湯とか温泉を好きな人は多いみたいだけど、わざわざ家とか寮で済むようなことを外でしようとは思わないからな……まあ、飯に関しては別だけど。


「サウナとかあるんですかね?」

「あぁ。行ってみるかい?」

「行きましょう」


 ということで、特に興味はなかったがせっかくということでサウナへ。

 中には誰も居なくて利用者は俺と覚馬さんだけだが、色々と話も出来るしちょうど良かった。


「君のあの力、本当に大したものだった。Sランクは余裕そうだが……なるほど、家族のため……そう言った君の言葉はよく分かる」

「あはは、ありがたいです。まあどのランクになるかは分かりませんけど、Sランクにまでなったら家族はどんなものかって調べられると思うので」

「そういう側面もないわけではないな。そうなると、もし君の力を周りが見ることになった時、最大限の協力をしよう」

「ありがとうございます」


 一応というか、このことに関しては協力を仰ごうとは考えていた。

 家族のためだけでなく、刹那のためにもこの先何かあった時、俺は迷いなく刀を抜くつもりだ。

 弓だけで対処が出来なくなった時、保身を考えて刀を抜かずに後悔するようなことはしたくないからだ――むしろ、それで出せる力を出さなかったらそれこそ雪や母さんに怒られてしまうし、俺も自分自身を許せなくなる。


(安全が保障されたとしても、母さんと雪にはきっと窮屈な思いをさせてしまうだろうからな……ったく、その人間のランクが高ければその人が強いってことにしてくれよ面倒だな)


 でも……本当に俺みたいな事例は存在しないのだろうか。

 家族が全員探索者ではなく一般の人だが、まるで突然変異のように強い子供が産まれるっていう事例は……聞かないからないんだろうな。


(ま、難しいことは置いておくとしよう……つうかそろそろ暑くて余裕がなくなってきたな)


 俺は額を流れる汗を拭い、そろそろ良いかと思って立ち上がった。


「おや、もう出るのかい?」

「はい。そろそろ逆上せそうなんで……」

「ふむ、もう少しやれると思ったんだが」

「挑発には乗らないですよ。現代っ子はこんなもんです」

「分かっているさ」


 それから汗を軽く流した後にまた湯に浸かり、鏡花さんが言っていた新居などの話をすることになった。


「家賃などに関しては君たちが払うと聞いた。良いのかい?」

「それくらいは大丈夫ですよ。俺も刹那も全部してもらうってのは嫌だったので、それに幸いにも稼げてますから」

「分かった。もう君と刹那のことにがみがみと言うつもりはない。だがまあ、時にはうちに顔を出してご飯でも食べに来なさい」

「あ……はい。もちろんです」


 それはとてもありがたい。

 俺と刹那も簡単な料理なら出来るけど、そんなに豪勢なものは作れないので……それを考えると、あの鏡花さんの作ってくれた料理は本当に絶品だった。

 ただこの街には探索者が多いということもあって、バランスの考えられた食事を提供してくれるサービスもあるためどうとでもなる。


「しっかし、マジで凄い体ですよね?」

「ははっ、鍛えた賜物さ」


 覚馬さんの体は服の上からでも分かってたけど凄まじいほどの筋肉だ。

 もちろん傷も少なくはなくて歴戦の戦士を思わせる肉体をしており、ここまでなろうとは思わないけどそれでも憧れる体だった。

 お互いに何も隠す物を身に付けずに体を拭くが、これももはやお互いにそこまでの距離感がないことを意味する。


「……さて、帰ってから大丈夫だろうか」

「え、どうしてです?」

「実はな……」


 そこで覚馬さんは教えてくれた。

 こうして俺は彼と共に二人で銭湯に来たわけだけど、実は刹那が汗を掻いた俺の背中を流そうと気合を入れていたらしいのだ。

 それを知りながらも俺との時間を取りたいということで、俺を連れて出てきたことにもしかしたら刹那は腹を立てているのではと恐れているらしい。


「……あ」


 まさかと思ってスマホを見てみると刹那からメッセージが届いていた。

 特に変なことは書いてなかったものの、基本的に可愛らしい絵文字をそこそこ使う刹那が文字だけで送ってきていることに俺の立場としては少し苦笑した。


『父を連れて早く帰ってきてね? 待ってる」


 なんだろう……文面的には何もおかしくはないのに、覚馬さんの話を聞いた後だと妙に圧を感じる。


「覚馬さん」

「なんだい?」

「はい」

「……オーマイゴッド」


 あ、覚馬さんにしては珍しい言葉を聞いた気がするぞ。

 これからもう用はないので俺たちは帰るだけなのだが、あの刹那大好きな覚馬さんが出来るだけ遅く帰ろうと俺に強請るのは……ちょっと可愛かったかもしれない。

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