負けられない戦い

「刹那は知っていたのよね? 彼の力を」

「えぇ。ずっと前から知っているわ」


 刹那の視線の席で瀬奈と覚馬が向かい合っている。

 覚馬が最強のSランク探索者と言われていたのは知っているし、その時の写真を何度も見たことがあった。

 身体能力はある程度衰えはしてもスキルが弱くなることはなく、全盛期とは行かないまでも高い能力を備えていることに変わりはない。


「……瀬奈君」


 この場合、どちらを応援すれば良いのか刹那には分からない……だが、彼女は愛する人を応援することに速攻で決めた。


「瀬奈君! 頑張って!」


 そう叫んだ瞬間、二人が真正面からぶつかった。


▽▼


(っ……重たいな)


 覚馬の大剣を受け止めて瀬奈はそう思った。

 決して押し潰されるほどではないが、今までに受けたどんな攻撃よりも手に伝わる衝撃は強く、それは刹那以上とも言えた。


「この程度ではないだろう? 君のその隠していた力、もっと見せてみろ」


 それは挑発のように見えるが、きっとその言葉通りの意味ではない。

 刹那を守ることが出来るのか、その上で自分の力を示すことが出来るのか、そして純粋に瀬奈の力に興味があるからこその覚馬の言葉だ。

 上等だと、瀬奈の瞳に光が走る。


「っ!?」


 覚馬は何かを感じたのかその場から一気に離れたが、その途中で瀬奈の体が空気に溶けるようにして消えた。

 まるで幻を見ていたかのような光景だが、反射的に覚馬は背後に大剣を振る。

 すると驚いた表情の瀬奈が刀で刃を受け止めた。


「速いな? だが今のは偶然だ――なんとなく、そんな気がした」

「かなり早く移動したんですけどね……でも面白いじゃないですか。Sランク階層の魔物はここまで強くはなかった――勝つ、俺は必ず」


 瀬奈の表情は覚馬もそうだが刹那も鏡花も見たことがないものだった。

 何より刹那に関しては少しだけ覚馬に嫉妬していた――瀬奈の秘める力を知ってはいても、自分では引き出せない領域があることを知っている。

 それを引き出せそうな覚馬の実力に刹那は嫉妬したのだ。


「……凄いわね。まだ斬り合って時間は経っていないのに凄まじいわ」

「……瀬奈君はこんなもんじゃないわ」


 二人に……とりわけ刹那に熱く見つめられていることに意識を割く暇は瀬奈にはなかった。

 瀬奈はただ楽しんでいる――この戦いを、今までにない強敵との勝負を。


「しっ!」


 瀬奈は自慢の機動力を活かすように、目にも留まらぬ速さでその場から飛んだ。

 縦横無尽に動き回る中で飛ぶ無数の斬撃、それは瀬奈の魔力を表す青い色をしていて美しい。

 ただ、その斬撃に混じるように青色の魔力の矢も現れた。

 それは覚馬の視界をかく乱するかのように動き回り、次から次へと矢が降らす雨となって襲い掛かる。


「はあああああああああっ!!」


 そんな矢に混じるように瀬奈は斬りかかった。

 覚馬は全て見えていたかのようにその場に足を強く踏み込むと、地面が抉れるように盛り上がった。

 覚馬の体を囲むようにして盛り上がる地面に全ての矢が吸収され、僅かに驚いた瀬奈の隙を突くように覚馬が砂煙の中から飛び出した。


「力技が過ぎるでしょうが……」

「かつてのように体が動かせないのでな。力技に頼るのが一番都合が良い」


 一体覚馬の全盛期とはどれほどの力なのか……瀬奈はそれに身震いはしても、やはり負けるビジョンは浮かばなかった。

 それは自分の力を過信しているわけではなく、刀を握った自分に敗北は許されないと……絶対に勝てると信じているからだ。


「ふんっ!!」


 力を込めて覚馬は大剣を振り下ろしたが、瀬奈はそれを受け止めてニヤリと笑う。

 覚馬の死角から襲い掛かるように、残っていた矢が覚馬へと降り注いだ――だが当然のように覚馬は瀬奈の体を吹き飛ばし、その勢いで大剣を横薙ぎにすることで全ての矢を弾き返した。


「むっ!?」


 すると入れ替わるように二人の瀬奈がその場に現れた。

 だが覚馬はその一切に動じることはなく、その後に現れた三人目の瀬奈の攻撃を綺麗に受け止めた。


「魔法でもなく高速移動によって齎す目の錯覚か……全く、太刀筋もそうだが身体能力も相当だな?」

「ありがとうございます――一応この状態になるとブーストも掛かるので」

「なるほど……君は何故、その力を隠していた?」


 力を隠していることは覚馬も知っていたが、こうして明確に理由を聞いたのは初めてと言える。

 瀬奈はその問いにすぐ答えた。


「家族の為」

「……そうか。分かった」


 瀬奈の言葉は短かったが、覚馬にはそれだけで十分だった。

 家族の為、それ以降に繋がる言葉と秘められた意味を察せられないようでは覚馬は家族を語れないし、何より瀬奈のことを分かっているとは言えないだろう。


「お互いに同じだな? 家族のことを思えばどこまでも強くなれる」

「みたいですね。でも俺はまだ限界じゃないですよ? 覚馬さん、そろそろ終わりにしましょう」

「っ!?」


 瀬奈は更に意識を研ぎ澄ませた。

 その変化に覚馬はもちろん気付き、何か大技が来るとすぐにその場から離れた。


(……刹那)


 瀬奈はチラッと刹那を見た。

 不安そうにしながらも絶対に瀬奈の勝利を信じて疑わないその姿に、瀬奈は刹那が傍に居てくれることの嬉しさを知る。

 家族のことが大切なのはもちろんだが、刹那もまた瀬奈にとっては大切な一部であることに変わりはなく、守るべき存在が増えたことの証でもあるのだから。


「……ふぅ」


 瀬奈は息を吐き、体勢を低くして刀を構える。

 覚馬もまた全ての力を込めるように大剣に魔力を集め、瀬奈の全てを受け止めると言わんばかりに万全の体勢を整えていた。


「行きます」

「来い!」


 正直なことを言えば、瀬奈は本当に負ける気は一切なかった。

 手の平に伝わる相棒の鼓動を感じながら、瀬奈は思いっきり足を踏み込んだ――そして、その速度は覚馬の意識の外を行った。


「なにっ……」

「冥月螺旋」


 彼の心のヒーローであるレギオンが繰り出す技、それが覚馬へと襲い掛かった。

 斬撃の後に響き渡るのは強烈な轟音と振動……まるで小規模な地震が起きたかのようだった。

 

「……あ」


 刹那は目を逸らすことなくジッと見ていた。

 初めて好きになった異性、初めて全てを捧げたいと思った彼が今――尊敬する父の大剣を吹き飛ばした。


 この勝負、瀬奈の勝ちだ。

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