尊死

「……怒らないんですね?」

「怒らないわ。だって気持ちは分かるから」

「……兄さんを、よろしくお願いします」

「任されたわ。でも忘れないで」

「?」

「あなたは瀬奈君の妹で……私にとっても妹になるんだからね?」

「っ……はい!」


▽▼


 朝の目覚め、それがこんなにも気持ちの良い朝だった時があっただろうか。


「すぅ……すぅ……」

「……………」


 俺の目の前で刹那が眠っている。

 まあ里帰りしてから二度目ではあるが、これはまた違った感覚だ――何故なら彼女と恋人同士になったから。


「……雪はもう起きたのか」


 一緒に寝たはずの雪は部屋に居なかったのでもう起きたようだ。

 時計を確認するともうすぐ7時……もう少し寝ても良いかなとは思うけど、休みだからってあまり寝過ぎるのも問題か。

 とはいえ……俺は目の前の刹那をジッと見て気付いた。


「……?」


 どこか刹那の呼吸が変わった気がした。

 さっきまでは確かに眠っているように見えたが、今はどこか演技をしているような雰囲気を感じた……もちろんただ俺がそう思っただけだが。


「……ぅん……っ」


 私、寝ぼけていますと言わんばかりに彼女はこっちに寄ってきた。

 そのまま背中に腕を回し、足を絡めてギュッと抱き着いてきた刹那に心臓がドクンと跳ねたが、流石にこんな寝ぼけ方はあり得ないだろう。

 俺を抱き枕か何か勘違いしているのならおかしくはないかもしれないが、それならばと俺も同じように刹那を抱きしめた。


「……やっべ、めっちゃドキドキする」


 ドキドキはするが戸惑いはない。

 昨日と今日の違いとするならば、やはり刹那との関係が変わったからだろう。


「それで、まだこうしてる?」

「うん」


 ほら、やっぱり起きていた。

 それから彼女が望んだのと同時に、俺もこうしたかったから数十分はそのままで過ごし、お互いに満足した段階で俺たちは離れて体を起こす。


「おはよう刹那」

「おはよう瀬奈君」


 ということで、恋人として初めての朝の起床だ。

 俺たちは特に何かを話すことはなく、ジッと見つめたまま時間が過ぎていき、何をやってるんだとどちらからともなく笑った。


「雪と母さんのところ行こうぜ」

「えぇ」


 さて、昨日は俺たちにとってのある意味で記念日になったわけだが今日はどのようにして過ごそうか……昨日あんなことがあったばかりだし、別に疲れてはいないが少しのんびりはしたいかもしれない。

 リビングに向かって四人で朝食を摂った後母さんは商店街に向かい、雪の方も今日は一人でのんびりしたいとのことだ。


「昨日のこと、やっぱりちょっとまだ頭に残っちゃってて」

「大丈夫? 何かあったらすぐにこっちに来るのよ?」

「ありがとう刹那さん。でも本当に大丈夫、トラウマとかは何もないから」


 一応、雪の心に消えない傷が付いたのではないかと気にはなっていた。

 ボーッとした様子で少し一人になりたいと言われた時は心配したものの、雪が自分で言ったように昨日の出来事に対してトラウマのようなものはなさそうだ。

 リビングを雪が出て行った後、俺は小さく息を吐いた。


「ふぅ……少し心配だけど本当に大丈夫そうだな」

「えぇ。瀬奈君が駆け付けたのもあるけど、もしかしたらあの場にそぐわない天使の翼が生えた私も良い作用があったかしら」


 あぁ、それは確かにあるかもしれないな。

 あの暗闇の世界に舞い降りた美しい天使……絶望の底に居た雪の心を引き上げるにはあまりにも十分すぎただろう。


「……あ」

「どうしたの?」


 そういえばと俺は思い出した。

 昨日の顛末として、刹那にお願いする形で皇家の力を借りたわけだけど、その時にはこういうことがあったんだとホールのことしか伝えていないはずだ。

 つまり、俺はまだ鏡花さんを含めて覚馬さんにも刹那とのことを教えていない。


「刹那は鏡花さんたちに伝えたの?」

「ううん、帰ってからで良いかなって思って」

「……………」


 確かにそれもありっちゃありだけど、俺としては電話で伝えた方が良いと思うんだけどどうだろうか。

 もちろん帰った際に会う時間を作って直接伝えるつもりではあるけども。


「どうせ分かることだし二度手間になるくらいなら会った時で良くない? というか私としては母をこのまま焦らすのも面白いと思ってるから」

「そうか……」


 焦らすのはともかく、刹那が言うならそれでも良いか。

 その後、俺は刹那を連れて部屋に戻り特にやることもないのでのんびりとした時間を彼女と過ごす。

 どこかに出掛けるのもありとは思ったけど、流石に雪を一人残していくのは不安だった。


「雪ちゃん、大丈夫かしら」

「大丈夫だろ。つうか俺より気にしてくれるじゃんか」

「そりゃあもう……だって昨日、いずれは私の妹になるって言ったもの」

「へぇ。それってもう結婚も考えてるってこと……」


 俺はそこまで言いかけてハッとした。

 確かに俺たちはこうして付き合うまでになったけど、流石にこの時点で結婚という言葉を使うのは早い気がした。

 ただ、ハッとしたことが刹那にとっては別の意味に捉えられたらしい。


「なんで……なんで言い淀むの? 瀬奈君とそういうのを望んじゃダメ? 私、もうそこまで考えていたんだけど……確かに気が早いとは思うわ! でも、あなたのこと凄く好きだもん。そんなの望むし考えちゃうもん!」

「……ぐはっ!!」


 尊死って……あるっぽいな。


「瀬奈君? 瀬奈君!?」


 慌てたように肩を揺らしてくる刹那を見て俺は思う。

 ……これはもう、彼女とずっと歩いていくことを覚悟しなければいけないようだ。

 だがそれは決して嫌なものではなく、彼女のパートナーとしてどんな壁にぶち当たっても切り開いていくことを決意したのだ。

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