初めての夜()

「おかえり三人とも」

「ただいま」

「ただいま!」

「ただいま戻りました」


 色々とあったが、俺たちはすぐに家まで戻った。

 ホールの出現に関して後からやってきた組合の人に、俺と刹那は簡単に事情を説明した。

 よくニュースにされる事件と違い、危険性はあっても対処の難しい事例として出来ることは少ないため、簡単な事情の説明で今回のことは終わったのだ。


(ま、追い打ちかもしれねえけど許せなかったからな)


 ただ、雪に襲い掛かった男に関しては警察に渡した。

 確かにホールに吸われるという予想外で仕方のない不幸ではあったが、それでも女の子に性的暴行を振るおうとした奴を俺は許せなかった。

 実際に被害を受けた雪だけでなく、周りの友人や他の人たちの目撃もあってあの男は大怪我を負いながらも奇跡的に助かったが、それ以上の代償を支払うことになったわけだ。


「街の方で何かあったみたいだけど……」

「実は……」


 どうやら何があったのか少しだけ知っているようだったので、俺たちが簡単に事情を説明すると母さんはすぐに雪を抱きしめた。


「良かったわね?」

「あぁ。本当に大事にならなくて良かった」


 とにかく雪が無事で良かったし、それこそ雪を含めた他の人たちに残酷な現場を見せることにならなかったのでそこは安心した。

 それにしてもと、俺は雪の腕に付けられているブレスレットに目を向けた。

 このブレスレットはお守りの意味も込めて雪に渡したのだが、一応発動する素振りは見せていたのであれ以上のことをしようとしたならば間違いなく発動していただろう……どうせならもっと早く発動してくれよと文句を言いたいんだがな。


「詳しい話はまた明日で良いだろ。雪、今日はもう休め」

「分かった……うん、結構疲れたかも」


 あんなことがあって疲れたの一言しか出ないのなら十分に大物だな。

 ちなみに、あのホールから抜けた後に刹那が家に電話をしたことで、事後処理などは皇家も協力してくれることになったのがこうして早く現場から解放された理由の一つだったりする。


「ありがとな刹那。色々と助かったよ」

「何を言ってるのよ。これくらいはお安い御用だわ」


 そうして互いに笑い合った。

 外から帰宅したということで刹那と雪が一緒に風呂に向かい、俺もその後に風呂に入ってから全員がリビングに集まった。

 ちゃんと報告しないといけないことがあるからだ。


「雪、母さんも」

「え?」

「どうしたの?」


 俺は刹那と視線を交わし、頷き合ってから伝えるのだった。


「俺たち、付き合うことになった」

「はい。恋人同士になりました♪」


 そう伝えると雪と母さんはポカンとしたが、数秒を経て大きな声を上げてバッと抱き着いた……刹那に。


「おめでとう刹那さん! 兄さんも!」

「雰囲気から察してたけど……ありがとうね刹那ちゃん。息子のこと、よろしくお願いするわね!」

「はい! 任せてください!」


 ……ま、まあ別に良いけどさ。

 俺ももう高校二年生だし、抱き着いて祝ってもらわなくてもなんとも思わないしなちょっとしか。

 俺は抱き合う彼女たちから離れ、冷凍庫に向かってアイスを取り出した。

 どんな風に告白をされたのか、それが気になって眠れないかのように刹那に話を聞きまくる雪を母さんたちを眺めつつ、俺はペロペロとアイスを舐めるのだった。


「……ふわぁ」


 そんな中、大きな欠伸が我慢できずに漏れた。

 突如ホールが現れるという突然の事態はあったものの、あの中に潜んでいたボスに関しては全く持って苦労することのない敵だった。

 疲れることもない簡単な相手……でも、やっぱり雪が関わったとなるとどうも自分で思った以上に気持ちの面で疲れたようだ。


「雪、今日は一緒に寝るか?」

「え? ……うん♪」


 ま、あんなことがあったからな。

 もちろん新しい関係になったのもあるし、一人別室に残すわけにもいかないので刹那も一緒にどうだと提案すると、彼女はもちろんと頷いた。

 流石にベッドに三人は寝れないので、押し入れから敷布団を引っ張り出して三人が横になっても大丈夫だ。


「それじゃあ三人とも、おやすみなさい」


 一緒の布団を用意してくれた母さんが部屋に戻り、雪は疲れたように横になった。

 俺もさっきから欠伸が止まらないので、雪の隣に横になる――すると刹那も俺の隣に横になった。


「今日はみんなで川の字だ~」

「悪くないわねこういうの」

「……………」


 当たり前のように俺が真ん中なんだな……。

 まあ良いかと思ってすぐ、雪は俺に引っ付いて寝息を立て始め……俺と刹那が目を丸くするほどに一瞬で彼女は眠りに就いた。


「あんなことがあったんだもの。疲れるに決まってるわ」

「本当にな」


 何度も思うけど、本当にこの子が無事で良かった。

 よしよしと頭を撫でてあげるとくすぐったそうに目元が動くが決して起きることはなく、そんな仕草さえも刹那はメロメロになったかのように見つめている。

 俺は雪に引っ付かれながらも、空いている腕を伸ばして刹那を抱き寄せた。


「その……もしああいうことがなかったらさ。今日も一緒に寝ないかなって提案しようとは思ってたんだ」

「それって……その……いきなりってこと?」

「え……あぁいや、違う違う! そういうんじゃなくてだな……単に寝る時も一緒に居たかったっていうか」


 そんな風に慌てていると刹那が笑った。

 まあ俺も一人の男だし、彼女が出来たらしてみたいことの一つとして想像しなかったわけじゃない。

 どんなに仲が良くても俺たちはまだ恋人になって一日が経ったわけでもないので流石にそれは早すぎる。


「そんなに慌てないで? でも……こういうことでもあなたと揶揄い合える関係になれたのは嬉しいわ。瀬奈君、これからよろしくね?」

「……おう。よろしく刹那」


 刹那は顔を近づけ、俺の唇にキスをした。

 離れた間際から俺からも顔を近づけて彼女にキスをし、そうして刹那も雪と同じように俺に更に強く身を寄せた。


「瀬奈君のことは大好きよ? どうしようもないほどにあなたのことが好き。だからそういうことがしたくなったらいつでも良いからね?」

「っ……ほんと、引っ張ろうとしてくるなぁ君は」

「良いじゃないの。だって私の母はあの人だから」

「……あ~」


 やっぱりそれで納得できる辺り鏡花さんってそうなんだなぁ……。

 それからしばらく俺たちは静かな声でやり取りをしたが、先に俺の方が眠気の限界がやってきて眠ってしまう。

 眠る直前、また唇にキスをされた感触があった。

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