歩き出した二人

「……あ~」

「……ふふっ♪」


 好きだと、俺は彼女に伝えた。

 そして彼女からも好きだと伝えられた。

 しばらくお互いに何も言わず見つめ続けていたが、正直なことを言えばこうして気持ちを伝え合ったのは確認みたいなものだろう。

 大きな音を立てて花火が空に打ち上がる中、俺と刹那はベンチに腰を下ろした。


「その……ロマンチックではあったと思うんだけど」

「そうね。綺麗な花火が空に打ち上がるそんな時の告白……悪くないわ。ううん、良かったとか悪いとかそういう話じゃない」

「刹那?」


 顔が赤く見えるのはきっと、空に上がった赤い色の花火のせいではない。

 だが顔が赤いのはきっと俺だって同じだ――好きだと告白をした女の子が俺を見て微笑んでくれている……そんなの嬉しくないわけがないし照れないわけがない。


「瀬奈君」

「っ……」


 俺を見つめたまま、彼女は両手を俺の頬に添えた。

 強い力ではないはずなのに、彼女から視線を逸らせないような不思議な力を全身に受けているような気分になる。

 彼女はジッと俺から視線を逸らすことなく、ゆっくりと言葉を続けた。


「何でかしらね。瀬奈君とこういうことをしようと思えば恥ずかしかったはず、それでも雪ちゃんの助言もあったりして一緒に寝たりして……それは凄く恥ずかしかったのに、今はもう恥ずかしくないの」

「それは……」

「顔はとても熱いけど恥ずかしくない……たぶん、瀬奈君と恋人っていう関係になれたからだと思うの。もう恥ずかしがってなんていられない、恥ずかしがる暇があるならとことん瀬奈君とラブラブしたいもの」

「……………」


 ヤバい、刹那の仕草もそうだが放たれる言葉の一つ一つの破壊力がヤバイ。

 恥ずかしがる暇があるならラブラブしたいだと? なんだその台詞……なんだその可愛い表情は!


「刹那って……凄く可愛いんだな?」

「ありがとう。それはきっと、あなたの前だからよ?」

「……ぐおおおおおおっ!!」

「瀬奈君!?」


 もうヤバいしか言えんって……。

 もしかしてだけど刹那っていざこういう雰囲気になった時はとことん相手を引っ張るタイプなのかな? 何となく今の刹那からは鏡花さんのような思い切りの良さと包容力のようなものを感じるし……うん、間違いないかも。


「今の刹那、どことなく鏡花さんを彷彿とさせる気がするよ」

「どういうこと?」

「本当に何となくだけど、突き抜けると相手のことを引っ張ろうとするタイプなのかなって思ったんだ」

「……あ、そういうことね」


 刹那もどこか納得した様子だった。

 俺の頬から手を離した彼女は、暑いけどごめんなさいと言って俺の腕を抱いた。


「さっきも言ったけど恥ずかしがる暇があったらこうしたいかなって。私、男の人と付き合ったことはないし好きになったこともないの。だからどういう風にすれば良いのかもよく分からない……でもね? 瀬奈君を前にするとこうしたい、こんな風に引っ付きたいと思うの……ダメ?」

「ダメじゃないです……はい。ダメじゃない!」

「良かったわ♪」


 これ……凄まじいほどの破壊力だ。

 けど一つだけ思うのはこんな彼女を見れるのも俺だけなのかなと、そう思うとこの時間がとてつもなく尊いモノに感じる。

 これから先も刹那と共に過ごせることも考えれば、不思議と俺も恥ずかしさは消えていった。


「刹那」

「なに?」

「俺は……探索者としてなら色々とやれるほうだ」

「うん」

「でも……彼氏ってのは初心者だから色々と迷惑をかけると思うし、気が遣えない瞬間もあると思う」

「あら、それなら私だって同じよ? 私も彼女っていうのは初めてで、手探り状態なのはあなたと何も変わらないもの」


 確かにそうだなと、俺は刹那と笑い合った。

 結局、今までの延長線上だと思えば良いのかもしれないな。刹那と一緒に過ごすことはこれまで通りで、少しだけ今まで以上に彼女との心の距離が近くなっただけなんだから……そう、変化はそれだけだ。


「プライベートもそうだけど、学校での時間も増えそうね?」

「だな。俺としてはちょっと怖いけど……いっそのこと、周りから色々と言われるのが嫌なら全力を見せ付けるのもありかなって思うよ」


 絶対に……ほぼ確実に刹那と新しい関係を歩み始めたことは面倒を呼ぶはずだ。

 それなら他の探索者を無理やりにでも納得させるような力を見せ付ければ、俺たちの関係にとやかく言う連中は居なくなると思う。


「それは最終手段でも良いんじゃない? 私としては……瀬奈君が人気者になっちゃって色んな人に声をかけられるのが嫌っていうか……ごめんなさい。これって我儘よね」

「……いや、そんな風に言われるとは思わなかったな」


 下を向いた刹那の頭を撫でると、刹那は嬉しそうに笑って抱き着いてきた。


(ほんと、そんな風に言われるとは思わなかった。でも、実際に力を見せた時に家族に対してどんな目が向くかも分からない……そうなる前に、その時のことを考えて鏡花さんたちに相談するのも良さそうだな)


 それが良いと俺は頷いたが、まずは刹那に話すことにしよう。


「刹那、その時が来ても良いようにあっちに戻ったら鏡花さんたちに相談したい。Sランクは本来強い親から受け継がれるものだから、もしも知られた際に雪や母さんのことを守ってほしいって」

「当然よ。というか、既に色々と手は回してるのよ?」

「……え?」


 それは聞いてなかったぞ?

 詳しいことはあっちに戻った時、刹那のことと合わせて報告する時に聞かせてもらうことにしよう。


「別にずっと隠し続けてもいいのに。私が傍に居れば、瀬奈君は弓でも全然サポートは出来るし……そもそも、私たちの連携はピカイチでしょ?」


 確かにその通りだけど、俺はこう答えた。


「大切な子に万が一にでも何かが起きようとした時、俺は今まで以上に迷うことなく刀を抜くはずだから」

「……あ」


 そう、結局はそうなると思う。

 刹那は目を丸くしたが、すぐに先ほどまでの立場が逆転したかのように顔を真っ赤にして俯き、そっと俺の胸に頭を擦り付けるように抱き着いた。

 俺たちはそれから何も喋らず花火を見続け、そしてこんな提案がされた。


「キス……したいの。良いかしら?」

「お、俺は良いよ? その……しようか?」

「うん……」


 何もかもが初心者だ。

 だからこそこういうことも提案しないとダメだし、自然と相手にキスをするようなこともまだまだレベルは高い。

 恥ずかしながらも提案してくれた刹那に感謝しつつ、俺は刹那に顔を近づけてキスをした。


「……キスって何の味もしないのね」

「だな……強いて言えば刹那の匂いがした」

「それを言うなら瀬奈君の匂いだってしたわよ」


 こうして、俺と刹那は新しい関係を歩み始めることになった。

 まずは雪と母さんにどう説明するかだけど……とことんお祝いをされながら、とことん揶揄われそうだなと俺は少しだけため息を吐いた。

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