試練

「花火、終わっちまったな」

「終わったわね」


 刹那と二人、暗く染まった空を眺めた。

 さっきまでうるさいくらい大音を響かせ、眩しいほどにカラフルな色を見せていた花火は既に打ち上がっておらず、騒ぎの後の静けさが俺たちを包んでいた。

 この高台にやってきていた他のカップルも既に居なくなっており、本当の意味で一年に一回の花火大会が終わったことを意味していた。


「……この余韻も全然悪くないわね」

「そうだな。きっと隣に刹那が居るからだろ」

「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃないの」


 もう刹那は俺の腕を抱くという行為に戸惑いは一切ないようだ。

 それから俺たちも帰るかと足を動かし、高台から街中に降りて帰路を歩く……その間、やはり刹那のような美少女には多くの目が集まる。


「相変わらず見られるな刹那は」

「もう慣れたわよ。それに……もう私には相手が居るから」


 ギュッと、更に強く腕を抱かれた。

 あまりこういう時に意識しないように心掛けていること、それは腕から感じる彼女の胸の柔らかさだ。

 そこまで極端に伝わるわけではないが、それでも刹那の腕を抱く強弱によって僅かに形を変えるソレの感覚はよく伝わってくる。


「……………」


 気にしないようにすればするほど気になり、口数が少なくなってどうしたのかと刹那からジッと見つめられてしまう。

 何でもないと答えても刹那は気になるようで……こういう時、勘が鋭く気にしてくる刹那の相手は中々に骨が折れる。


「調子が悪いとかじゃないんだ。まあ……ね」

「むぅ……気になるわね」


 頼むから気にしないでくれと思う反面、もっとこの感触に浸りたいと思うのは男の性というものだ。


「帰ったら教えてくれる?」

「えっと……言わないとダメ?」

「ダメ、だって気になるじゃない」

「……そうだな」


 ある意味で隠し事をしているようなものだし気になるのも仕方ないか。

 帰るまでにはどう伝えるか言葉は纏まるだろうと考え、俺は刹那と腕を組んだまま歩き続けていたその時だった。


「……?」


 それは言いようのない不快感だった。

 まるで俺の体を黒い何かが吹き抜けるような、その黒い何かを不快に思うような良く分からない感覚だった。


「今の……瀬奈君?」

「刹那も感じたか?」

「うん」


 どうやら刹那も感じたようだ。

 まるで本能に訴えかけるような感覚、具体的に言えば気を付けろと警報が脳で直接響いたような感覚だ。

 振り向いてそれを感じた方向に目を向けるが、そこにあるのは何も変わらない地元の光景であり、祭りの後ということでまだまだ賑わっている。


「……………」


 俺は何故か不安になってスマホを取り出して雪に電話をかけた。

 数回のコールを経た後、雪は電話に出てまずは一安心……これから友人と別れて帰るとのことなので、俺は今居る場所を伝えて合流することにした。


(なんだこの感覚……くそっ、気持ち悪すぎるだろ)


 ダンジョンに何度も潜り、刀を手に高ランク階層すらも駆け回ったからこその余裕はあるのだが、そんな俺でも感じるこの不快感は本当になんだ。

 俺だけでなく刹那も確かにそれを感じている……気付けば足は動いていた。

 刹那も俺に続くように駆けだし、向かう先は雪が居ると思われる場所だ。


「っ!?」

「なに!?」


 ある程度走ったその時、先ほど感じた不快感が濃厚なものとして感じ取れた。

 黒い風が目に見える形で吹き抜けていき、その瞬間に大きな悲鳴のようなものが街中で木霊する。

 俺たちが向かった先で多くの人々が尻もちを突いており、彼らが見つめる先は交差点のど真ん中……まるでブラックホールを思わせる黒い渦が出現していた。


「ダンジョンホール!?」


 刹那が驚いたようにその名を呟いた。

 ダンジョンホールというのは稀に現れるダンジョンの亜種であり、一定時間の後に消滅するという代物だ。

 出現した空間に存在する全てのものを呑み込んで登場するダンジョンであり、あまりにも出現する頻度は少ないため対処法は確立されておらず、突発的に起こる天災のようなものだと認識されている。


「雪……雪!?」


 この少し先が合流する地点だったが、雪の名前を呼び掛けても反応はない。

 大騒ぎをするようにホールから遠ざかっていく人々と肩をぶつけながら、俺はスマホで雪に電話をかけるが一向に出てくれない。

 騒ぎに乗じて逃げた可能性も考えられるが……俺の視線はホールから離れなかったのだ。


『兄さん!』


 気のせいか、或いは幻聴か……だが確かに雪の声が聞こえた。

 既に周りには警察が出動しており、ダンジョンホールが現れた時の対処マニュアルを発動しているはずだ。

 騒ぎで聞こえてくる声で分かったけど、このホールに五十人近い人間が吸い込まれたとのことで……俺にはそれだけで十分だった。


「行くのね?」

「もちろんだ」

「私も行くわ」

「頼む」


 俺たちの会話がそれだけで十分だった。

 周りの人々を非難させる警察の人とすれ違うようにホールに向かうと、当然危ないから離れるんだと大きく叫ばれる。


「今最寄りの組合に応援を呼んだ! 危険だから離れ――」


【無双の一刀】発動


 途中で聞こえてきた声は消えた。

 チラッと目を向けると刀を出現した余波で警察の人は吹き飛んでおり、少し打撲をしたみたいだが驚いたように目を丸くしている。

 隣に立つ刹那はいつも使う剣を持ってはいないものの、その背に天使の翼を顕現させ、その力で光り輝く剣を生成していた。


「俺たちは探索者だ。任せてくれ」

「すぐに中から吸い込まれた人を助け出します」


 この街で探索者というものをあまり見ることはない。

 それでもこういう時に発動するマニュアルがあるだけマシではあるが、俺たちの方が圧倒的に早くこの中に入ることが出来る。


「行くぞ」

「えぇ」


 この中に雪が居ることは分かっている。

 もちろん雪だけでなく、助けられる人を助けるだけだ――俺と刹那は頷き合い、迷うことなくホールへと飛び込んだ。





「なあ刹那」

「なに瀬奈君」

「今日は色んな意味で最高の日のはずだったんだ。雪は必ず無傷で助け出すしもちろん他の人もだ。だけど流石に無粋すぎるよな?」

「そうね。許せないわね――どうしてやろうかしら。ダンジョンホールってボスが出現するって聞いたけど……取り敢えず、血祭確定よね?」

「もちろんだ。ぬっころす」

「賛成よ。滅茶苦茶にしてやりましょう」

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