告白
「わあ!! すっごく似合ってる!」
「そ、そうかしら……」
夕方を回り、もうすぐ夜という時間帯だ。
既に街の方では花火大会……またの名を夏祭りというようなものだが、騒いでいる人も少なくはないようで、家の前も花火大会に向かうために歩く人の姿があった。
さて、そんな花火大会に向けて俺の家ではお披露目のようなものがされていた。
「……ほう」
「ちょっと、ジロジロ見ないで……あぁ違う。あまり見ると恥ずかしいわ」
目の前で水色の浴衣を着た彼女がそう言った。
その隣にオレンジの浴衣を着ている雪も並んでおり、この浴衣姿というのは夏の風物詩の一つと言えるだろう。
花火大会に向けて着ていくためのものだが、元々刹那は浴衣を持ってきてはいなかった……しかし、先んじて鏡花さんが送っていたらしい。
「……すまん」
そんな刹那のことをジロジロとまでは見ていなかったが、どうも彼女にはそう見えていたらしいが、見ないでという言葉を訂正されたので視線は逸らさない。
「にしても鏡花さんには驚かされるな……」
「連絡はもらっていたのよ。この時期にこっちで花火大会があることも調べていたみたいでね? どうも刹那ちゃんに色々としてあげたかったみたい」
「……へぇ」
その気にならないとこっちのイベント事情を知る機会はないはずだ。
だというのに刹那がこっちに来るというだけで色々と調べ尽くすのは……まあ、財閥の娘を持つ母親としては当然なのか?
「それよりも瀬奈、しっかりと楽しませるのよ?」
「分かってる。つっても一緒に過ごすだけ……だしな」
一緒に過ごすだけだと、そう伝えながら俺は赤面するのを感じた。
今日の朝に彼女と共に目覚めてから元通りの雰囲気には戻ったものの、刹那の顔を見るとその時の記憶が蘇るのだ。
(柔らかかったなぁ……なんて)
あの柔らかさは凄まじかった。
正直……こう言ってはなんだけど、俺はずっとダンジョンに潜り続けるダンジョン馬鹿でもあったので、女の子とそういうことをするならお店に行くくらいしか縁がないなと思うこともあった。
もちろん刹那と俺は恋人同士ではないので、そもそもこうして一緒に寝ること自体がおかしいわけだけど……嫌ではなかったし、むしろ嬉しい経験だった。
「……ふぅ」
一旦その記憶をまた引っ込め、俺は支度を終えた刹那の前に立った。
「似合ってるよ凄く……うん。可愛いと思う」
「……ありがとう♪」
くそ……刹那がうちに来てから本当に背中が痒い瞬間が続く気がする。
雪と母さんがニヤニヤと見つめてくるのを鬱陶しく思いつつも、二人が居てくれるからこそこの里帰りが楽しいのも間違いはないので、俺は特に文句を言うつもりもなく甘んじてその視線を受け入れた。
「さてと、それじゃあ行こうよ二人とも!」
「分かった」
「えぇ」
一応今日は雪も少しだけ一緒に過ごし、彼女が友人と合流するタイミングで俺は刹那と二人になるという流れだ。
母さんに見送られて家を出た後、二人と並んで街中に向かう。
その間、当たり前のように美少女二人が傍に居ることで目を集めてしまうがもう慣れてしまった。
「刹那さんは花火大会とか行ってたんですか?」
「そうね……少なくとも、去年はダンジョンに籠っていた気がするわ」
「なんか兄さんみたいですね?」
「ちゃんと誘ってくれる友人は居たのよ……?」
「おい、それは暗に俺に誘ってくれる友人が居ないって言いたいのか?」
「違うわよ!」
ほんとでござるかぁ?
っと、流石にウザいと思うので追及することはやめておくとして、俺としてはそこそこ長く雪と一緒に居ると思っていたのだが、すぐに彼女は俺たちと離れることに。
「それじゃあ兄さんに刹那さん! 途中で会えたらよろしくぅ!」
「気を付けてね?」
同じ格好をした友人たちに雪は合流し、俺たちにまた手を振ってから背を向けた。
「一つ一つの仕草が本当に可愛い子だわ」
「だな。よしっと……その、なんだ。行こうか」
「そ、そうね……あの瀬奈君?」
「なんだ?」
「あまり緊張とかしないでね? 私が言うのもなんだけど、ありのままに私と接してほしいから……朝のこととか時々気にしてるみたいだし?」
「……………」
だよなぁ……やっぱり気付かれてるよな。
とはいえ気にしているのは俺だけでなく刹那も同様のようで、彼女もまた頬を赤く染めてチラチラと緊張したように俺に目を向けてくる。
俺は似た者同士だなと心の中で思いながら、そっと手を差し出した。
「それじゃあ楽しむとしようぜ。特にどこの祭りとも変わらないけど、せっかくこっちに来てくれた刹那には思いっきり楽しんでもらいたいからな」
「あ……うん。ありがとう♪」
そうして彼女は俺の手を握りしめた。
そこからはいくら女性をエスコートする立場とはいえ、俺は恋愛経験に明るいわけではなく、それは刹那も同様だった。
俺たちは気になったものに近づいてはアトラクションのようなものを楽しんだり、美味しいものを見つけては二人で分け合ったりして……本当に学生ならではという祭りの楽しみ方だった。
「はい、あ~んして?」
「……おう」
屋台で買ったたこ焼きに息を吹きかけて冷ましながら、そっと俺に刹那が差し出してきたので、俺は素直に従って口を開けた。
冷ましてくれたとはいえ少し熱かったのは仕方なく、俺は熱さと戦いながらゆっくりと飲み込んだ。
「美味いな」
「本当? それじゃあ私にもちょうだい?」
こういう時、自分で食べないのかと指摘するのはご法度なんだろうな。
俺は刹那がしてくれたように箸でたこ焼きを掴み、ゆっくりと彼女の口に近づけて食べさせた。
「ふぁ……はふっ!」
やっぱり熱かったかと俺は笑った。
俺と同じように熱さと戦った彼女はグッと飲み込み、美味しかったのかもう一つちょうだいとお願いをしてきたので、また俺は彼女に差し出す。
「……うん、美味しいわね。普段はたこ焼きって食べないから」
「そうなのか? 俺とかは真一たちと遊びに行った際には良く買うけど」
その後、焼きそばなども買ったりして腹を満たした。
そんな風に目立つ刹那と過ごしていると、当然ここが故郷ということもあって古い顔触れをいくつか見た。
一昨日会った二人ではない顔も会って、あっちも俺のことは覚えているようだったが、隣に並ぶ刹那を見て驚いていた。
「よく見られるわね」
「こんな美少女が居たら誰だって見るさ」
「……もう、簡単に美少女とか言わないでくれる?」
「嘘は言ってないぞ?」
「……っ~!」
向けられる視線なんてなんのその、俺たちは互いに寄り添いながら時間を潰す。
そして花火が始まるアナウンスが街中に響いたのを合図に、俺は刹那を連れて街の高台に連れて行った。
そこは空に上がる花火を見るのに適している場所でもあるが、同時にカップル御用達の場所だったりするので、俺たち以外の見物客はみんな男女の一組だ。
「ここ、凄く景色が良いのね」
「だろ? 凄く昔にここで雪と一緒に花火を見たことがあったんだ。それで覚えてたのが良かったよ」
「……本当に綺麗だわ」
刹那がそう言った瞬間、空に花火が舞い上がった。
まるで空に咲く無数の花のように綺麗な光景で、俺と刹那を照らす光となってからフルに輝く。
「……あ」
花火をジッと見て感動した様子の刹那の横顔を見た時、俺はやはり見惚れた。
空を見ずに刹那を見ていれば、彼女もまた俺に気付いて顔を向けてきて……お互いに視線を逸らすことなく見つめ合う。
バンバンと音を立てて上がる花火の音を聞きながら、俺はそっと彼女の肩に手を置いた。
「刹那」
「っ……なに?」
もう、何も隠すものはない。
こうして刹那と一緒に出掛けた時から俺はずっとこの時を待っていたんだろう。
ずっと前から抱いていたこの気持ちを彼女に伝えるために――随分と長くなった気がするけど、これ以上長引かせるのも彼女に悪い気がする。
(そうだよな……ここまで来て、俺もそうだが刹那の気持ちを察せないのは流石に馬鹿が過ぎる)
俺は刹那の目を見据え伝えた。
「好きだ、刹那」
花火の音に掻き消されるようなことはなく、俺の言葉はしっかりと刹那に聞こえたはずだ。
刹那は俺の言葉に驚く様子を見せることはなく、真っ直ぐに視線を逸らさずに頷いてくれた。
「私も……私も瀬奈君のことが好きよ」
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