花火大会の朝
俺は自分の生き方について……そうだな。
決して悪いと思ってはいないし、探索者として強い力を持っているからこそ全てが上手く行っている自覚はあった。
自分の本来の力を隠しながらも、サブ武器を用いた戦い方で結果を出せているのもまた俺が望んだ通りのモノだ。
「……クソが」
ただ、時々嫌な夢を見ることがある。
俺に何の力もなく、何も成し遂げることが出来ず、何も守ることが出来ないIFの世界を夢で見るのだ。
「……にい……さん……わたし……っ!」
俺の目の前で雪が苦しんでいる。
実際には助かっているはずなのに、助かっていない世界線の映像を俺は夢という形で見ている。
これは俺自身に何も力がなかった時の光景であり、探索者として生きることも出来ないのでただただ……雪が弱り、死に行く様を眺めているだけの俺だ。
「もしもこれを故意に見せている奴が居るのなら気色の悪い……まあ、所詮夢だし誰が見せてるわけでもないんだろうけどな」
でも……見てて気分の良いものではない。
苦しむ雪だけじゃない、涙が止まらなくなっている母さんを見て……そして景色が切り替わって刹那が現れた。
俺の目の前で笑ってくれる彼女ではなく、虚ろな様子で空を見つめる彼女の背には天使の翼が生えていた。
「刹那……?」
「……?」
ボーッとした様子で俺を見つめ返した彼女は何も答えてくれない。
まるで感情が削ぎ落されたような……それこそ、こうなるのではないかと言っていた彼女を見ている気分にさせられる。
「……ま、これこそ夢だよな。でも、こうならなかった未来が俺の手元にあるのなら良かったよ。笑ってくれない刹那はもう想像出来ないからさ」
目の前の刹那は相変わらず無表情だが、ゆっくりと俺に手を伸ばす。
その手に触れるととても冷たく、まるで氷でも触っていたんじゃないかって程に冷たかった。
「……君もまた刹那だけど、俺の知る彼女じゃない……ま、仮に俺の知る刹那がこうなったとしても助けようと手を差し伸べる――それは変わらない」
「せな……くん……」
もしも夢の君が苦しんでいるのなら……俺に助けられるだろうか。
無理だと分かっていても力を込めてみた――すると、手元に刀の感触が生まれたことで俺は笑みを零した。
「……呼べば来るんだよな」
そうだった……それが相棒ともいえるこの刀だった。
俺は思いっきり振りかぶり、刹那の翼を切り裂くように振り抜いた。
「……瀬奈君?」
「おはよう刹那。言っただろ? 天使になっちまっても助けるって」
「……うん。そうだったわね」
何度も言うがこれは夢だ。
目を開ければいつも通りの日常が待っている……でも、たとえこの通りになったとしても助けてみせると、そう思える夢だったのは間違いなかった。
▽▼
「……………」
そして、俺は目を覚ましたわけだが……どうしたことだと俺は困惑している。
ちなみに夢の内容は全て覚えており、良い目覚めかと言われたら素直に頷くことは出来ないが、それが吹き飛ぶほどの光景が目の前に広がっていた。
(……目の前におっぱいがある)
そう、目の前におっぱいがあった。
目を開けた俺を出迎えたのは開けたパジャマから覗く白い肌、そして大きく膨らんだその二つの山から発生する谷間だった。
「すぅ……すぅ……」
頭の上から聞こえるのは刹那の寝息だ。
一応、昨晩のことはしっかりと記憶している。
死ぬほど眠たかったが刹那が一緒に寝ることになったこと、恥ずかしくはあったしドキドキはしたがそれ以上に眠たくてどうにでもなれという気持ちだった。
「……って、なんでこうなってんだ?」
一緒に寝ていることではなく、俺は刹那に思いっきり抱き寄せられていた。
まるで俺のことを抱き枕か何かだと思っているのか、彼女は眠ったまま絶対に離さないと言わんばかりに俺の頭をその豊満な胸元に抱えている。
「せな……くん……♪♪」
「ちょ……」
そして更に強く抱きしめられた。
女性の胸元に抱き寄せられるなんて経験は当然ながら今までなかったし、こうして圧倒的なまでの柔らかさを自分の顔全体で経験したこともなかった。
きっと刹那は家か寮の部屋だとこんな風に何かを抱きしめて眠っているんだろうなと冷静に考えたはしたものの、どうしたものかと俺は頭を悩ませた。
「……失礼しますぅ」
さて、そんな時だった。
僅かにドアの音が開く音と共に、雪の声が聞こえたわけだが……もちろん俺はこの体勢から動くことが出来ない。
一体今のこの状態の俺たちを雪はどんな面持ちで見ているのか怖い。
「お邪魔しましたぁ」
カチャッと、小さく音を立ててドアが閉まった。
「……………」
とはいえ、流石に探索者として生きている以上は刹那も気配に敏感だ。
今の僅かな音で身動ぎをした彼女は目を覚ましたようで、あっと声を出して固まってしまった。
「……………」
「……………」
取り敢えず、寝たふりをしようかな。
「瀬奈君、起きてるわよね?」
「……あぁ」
ダメでした。
ゆっくりと力が抜けるように腕が離れ、俺は彼女から離れたが……やはり刹那は俺を見て顔を真っ赤にしていた。
年頃の少女の胸元に顔を埋めるなんて、確かに素晴らしい時間だったし最高の瞬間だったのは言うまでもない。だがしかし、これは流石に謝らなくてはいけない。
「その……おはよう刹那。それとごめん」
そう伝えると、刹那は小さく首を振った。
「おはよう瀬奈君。それと謝らなくて良いわ。昨日私が一緒に寝ようって提案したんだもの」
「……そうか? でも――」
「良いの……うん、良いの。だって私、嫌じゃなかったから」
そう言って刹那は笑った。
その笑顔に心臓が大きく脈を打ち、彼女の顔を直視出来ないほどに頬が熱くなってしまった。
結局、その後ずっと俺たちは互いに口数少なくベッドの上で過ごし……改めてお互いにおはようと挨拶をした後はいつも通りに戻った。
「……なんつうか、幸せな時間だったのは確かだよな」
「……満たされる感覚ってこんな感じなのかしら……ふふっ♪」
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