攻める、とにかく攻める

「し、失礼するわね!」

「お、おう……」


 その日もまたみんな揃って騒がしく過ごした夜のことだ。

 既に時刻は夜の12時を回ろうかといったところで、雪の部屋で眠るはずの刹那がやってきた。

 もう少し夜更かしをしたい気分ではあったのだが、そろそろ眠たくなったのでベッドに横になろうとした時にこれだ。


「どうしたんだ?」

「その……少し、お話しないかしらと思って」

「話……? まあ別に良いけど」


 話をしたいと言われて断るつもりはない。

 何度目にしても見慣れることは当分なさそうなパジャマ姿にドキドキしつつ、試しに隣に座るかと提案した。

 ベッドに腰かけている俺の隣に彼女は座った。


(……うわっ、めっちゃいい匂いがする)


 普段見る制服姿とも違い、休日に出会った私服姿とも違う……上手く言葉に言い表せないが、パジャマ姿というある意味で開放的な格好からなのか、刹那が隣に座った拍子にふわっと甘い香りが漂ってきたのだ。


「その……特に用があるわけじゃないの。でもちょっと話したくなったっていうか」

「……ほう」

「雪ちゃんに行っておいでって言われたのも大きいけどね」

「そうなんだ」


 なんか……妙にくすぐったい雰囲気だ。

 刹那はチラッとこっちを見たかと思えば、僅かに頬を染めて視線を逸らし、そしてまたチラッと俺に目を向けてくる。

 そんな仕草を続けられると疑問というよりは、彼女の何かが連鎖するように俺まで恥ずかしくなってくる。


「そうね……あれだわ! 雪ちゃんとのお風呂はどうだったの!?」

「どうだったって……あ~、兄妹水入らずだったな」

「……雪ちゃんと同じことを言うのね」

「雪もそう言ってたのか?

「えぇ。久しぶりにあなたとお風呂に入れて良かったって言ってたわ。少し無茶なお願いをしたかもしれないとは思ったけれど、やっぱりあなたはあなただったって」


 特に変なことを言われていないなら幸いだ。

 雪にも刹那にも言えないことだけど、さすがに実の妹に興奮するようなことはなかったが、彼女の成長ぶりには驚いたし少しだけジッと見てしまった。

 結局雪はそれに気付かず純粋な気持ちで俺に引っ付いていたけど、その点に関してだけは兄として罪深い気持ちになってしまったが。


「昨日は私が雪ちゃんとお風呂に入ったけど……うん、やっぱり妹が居るって凄く羨ましいと思ったわ。あんな可愛い子が傍に居たなら、どんなお願いでも聞いてしまいそうなくらいに甘やかしてしまいそうよ」

「どんなお願いもは無理だけど、甘やかしてしまいそうなのは凄く分かる」


 うんうんと頷くと、シスコンねと刹那は笑った。


「シスコンとか俺にとっちゃむしろ名誉な言葉だぜ? 雪のような妹が居たら過保護にもなるしシスコンにもなる。それは自信持って言ってやる」

「ふふっ、それでこそ瀬奈君って感じだわ」


 それからしばらく刹那と話し込み、気付けば1時を回ろうとしていた。

 女の子にとって夜更かしは肌にとって天敵だとも聞くし、そろそろ内心では部屋に戻らないかと考え始めていた。

 誤解が無いように言うなら俺だってもっと刹那と一緒の時間を過ごしたい。

 でもどう考えても夜は遅いし、何より俺もかなり瞼が重くなっていた。


「眠たい?」

「……あぁ」


 刹那には失礼だと思いつつ、彼女と話をしてる中で何度か意識が飛びかけていた。

 それこそカクンと頭が落ちそうになったのも少なくはなかったし、それを刹那が見て笑ってもいたほどだ。


「それじゃあそろそろ寝ましょうか」

「だな……ふわぁ」

「凄い欠伸ね。夜遅くまでごめんなさい――電気は私が消すわ」

「マジか。サンキューな」


 ということらしいので、俺はベッドに横になった。

 俺の部屋に置かれているベッドはそこそこ大きく、その理由は雪が俺と一緒に寝たいと昔によく言っていたのもありそれを聞いた母さんが買った。

 なので一人で使うには広々としたベッドだけど、どれだけ寝返りを打っても落ちたりしないので悪くない。


「切るわね?」

「おう」


 電気が消えたことで部屋の中は暗くなった。

 すると我慢していた分、一気に眠気が襲い掛かってきて俺は目を閉じ……ようとしたのだが、そこで何かがベッドに上がって横になった。


「……え?」


 体を横に向けていた俺を向かい合うように刹那が横になっていた。

 何をしているんだと口を開こうとすると、刹那が人差し指を俺の唇に当てることでそれを制した。


「その……一緒に寝ましょ? 雪ちゃんももう寝てるだろうし、物音を立てたりして起こすのもかわいそうだから」

「それはまあ……確かに」


 段々と目が暗闇に慣れてきたことで刹那の顔が鮮明に見える。

 間近に感じる彼女の美しい顔に急激にドキドキしてきたが、やっぱり既に限界を迎えているのか瞼がもっと重くなる。


「今日はもう寝ましょうよ。文句なら明日受け付けてあげる」

「……そういう問題かよ」

「瀬奈君は嫌?」

「……その聞き方は卑怯だ。嫌なわけ……ない」

「なら良いわね……うん、良いわね」


 なんだその大事なことだから二回言いましたみたいな確認は。

 ……ヤバい、死ぬほど眠たいのでもう無理だ……俺はゆっくりと瞼を閉じ、意識が暗闇に沈み行く中、変な寝返りを打ったり寝相の悪いことだけは止してくれよと願うのだった。


「お休み、瀬奈君」


 完全に眠る直前、ふんわりとした感触に顔を包まれた気がした。





「……雪ちゃんの助言、中々に悪くなかったんじゃないかしら……っ!」

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