お泊まりは緊張

 家を出る前は刹那と雪が仲良く話をしていて割り込む気にならなかったのだが、今もまた似たような光景が広がっていた。


「そうだったのね。瀬奈とそんな出会いを……」

「そうなんです! どうしてもっと早く出会っていなかったのって思ったくらいなんです。それくらい瀬奈君とは仲良くしていて……」


 刹那と母さんがそれはもう熱く話し込んでいた。

 除け者というほどではないが俺と雪はそんな二人を眺めており、互いに顔を見合わせて苦笑する。


「刹那さんとママ、凄く話し込んでるね」

「だなぁ。お互いに会いたがっていたのは知ってるから」


 母さんもそうだが、刹那も母さんに会いたがっていた。

 俺としてもまさかこんなにも話し込むとは思っておらず、誰とでも仲良くなれる二人が向かい合うとこうなるんだなと微笑ましくなった。

 俺と母さんが帰ってきてから時間はそれなりに経っており、もう少しで風呂の支度をしないといけない時間帯だった。


「風呂洗ってくるわ」

「あ、私も手伝うよ」


 話し込む二人を置いて俺と雪はリビングを出た。

 廊下に出てからもリビングからは賑やかな声が聞こえてくるほどなので、俺と雪はやっぱり絶えず笑ってしまう。

 二人で風呂掃除をする中、突然雪がこんなことを言った。


「ねえ兄さん、一緒にお風呂入らない?」

「は?」


 一緒に風呂に入ると言ったかこの妹は……しかも刹那が居るのに?


「雪は刹那と入ると思っていたんだが」

「あ~うん、提案はするつもり。だってまだこっちに居るでしょ? それなら今日は兄さんとお風呂に入ろうかなって」

「……………」


 このやり取り、前に雪が泊まりに来た時もあったなそう言えば。

 あの時は俺ももう高校生だし雪も中学生だからという理由で断った……だってそうだろ流石にお互いに体はもう成長しているし、そもそもそういう歳じゃないんだ。


「……ダメ?」

「……………」


 目尻を下げながら雪は言う。

 俺はそんな彼女の表情に弱く、昔からこういう顔をされると何がなんでも頷いてしまうことがあった。

 ……よし、乗り切るための言葉を見つけたぞ。


「今日は刹那を誘え」

「……え?」

「……明日、明日なら一緒に入ろう」

「うん! 約束だよ!」


 ……約束してしまった。

 だが分かってほしい、たとえおかしなことだと分かっていても可愛い妹にお願いされたら頷いてしまうのがお兄ちゃんってやつなのだ。

 早まったかなと思いつつも、まあ良いかと俺は思うことにした。

 その後、風呂の掃除をし終えて戻るのだが……まだ刹那と母さんは話し続けており俺と雪は顔を見合わせて苦笑する。


「すっごく気が合ってるみたいだね」

「だな……おい刹那、それに母さんも良い時間だぞ?」

「……え?」

「あら?」


 声をかけるとようやく二人は止まって時計を見た。

 母さんはごめんなさいと笑ってエプロンを付けて夕飯の準備に早速取り掛かり始めたので、その間に刹那には雪と一緒に風呂に入ってもらうことに。


「刹那、雪が一緒に風呂に入りたいんだとさ」

「分かったわ。電話でも約束したものね♪」

「わ~い!」


 ……ったく、本当にリアクションが可愛い妹だ。

 刹那も同じことを思ったのか腕を伸ばして雪の頭を撫で、そのまま仲良く二人は風呂場に向かった。

 俺は母さんの隣に並んで料理の手伝いをしようとしたのだが、母さんはしなくて良いと笑った。


「せっかく帰って来たんだからゆっくりしてなさいよ」

「……良いのか?」

「もちろん。ただ……刹那ちゃんがお手伝いをするって言ったら断れないかも。あの子ったら私と一緒に料理を作りたいなんて言ってくれたのよ?」

「そうなんだ」

「それだけじゃなくて色んなことを話したけれど……本当に良く出来た子ね。お嬢様って感じはするんだけど、話しているとそれが気にならなくなるほどだもの」


 そうだなと俺も頷く。

 刹那の家は確かに日本を代表する財閥ではあるが、刹那だけでなく鏡花さんや覚馬さんも親しみを持てる人たちだ。

 気品ある佇まいは当然だが、決して相手を委縮させない自然さがある。


「良い友達が出来たじゃないの」

「だな。あぁでも、刹那だけじゃないんだぜ? 一緒にダンジョンに良く潜る友人たちもまだ居るし……刹那とも最近はダンジョンに行くけどさ」

「それも聞いたわ。瀬奈と一緒に向かうダンジョンは楽しいって、可愛い笑顔で教えてくれたから」

「……そっか」


 どういう話をしたのか全体的に気になるけど、これは詳しく聞いたら俺の方が恥ずかしくなってしまうタイプのやつだ。

 それから母さんと話をしながら二人が戻るのを待つ。

 そして風呂上がりの二人が戻って来たのだが……思えば、俺は刹那の風呂上がりの姿を初めて見たわけで。


「っ……」


 つい視線を逸らしてしまった。

 髪は乾かして濡れたりしていないし、普段見ることのないパジャマ姿なのもそこまで意識はしなかった……ただ、ストレートに色っぽく見えたのだ。


「良いお湯だったわ。瀬奈君も行ってきたら?」

「……うっす」

「私と刹那さんの残り湯を楽しんでねぇ♪」

「雪ちゃん!?」


 おのれ妹! いらんことを言わなくて良い!

 刹那はあたふたするように表情がコロコロ変わって落ち着きがないし、俺も今の言葉を意識してしまい顔が真っ赤だ。

 俺はリビングから逃げるように風呂場に向かい、服を脱いだ後にボソッと呟く。


「……思春期のガキかよ……あ、まだ高校生だったわ」


 さて、どんな顔で風呂から出た後に彼女と顔を合わせるか……俺はそれを湯船に浸かりながらずっと考えるのだった。

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