自覚

「……あっという間に一日が終わっちまったなぁ」


 夜、既に深夜の0時を回ろうかという時間帯だ。

 日付が変わろうとする真夜中ということで、俺の部屋もそうだが周りの家もほとんど電気が消えている。


「……夜なのに温いなぁ」


 夜と言えば冷たい風が吹きそうなものだけど、夏ということで本当に風が温い。

 実を言うとさっきまで俺は帰ってきたことと合わせ、母さんや妹とずっと賑やかに話をしていたこと、そして刹那が実家に居るという妙な緊張感があったせいかベッドに入ってすぐに熟睡した……のだが目が覚めた。


「こうなるとすぐ寝るのは難しいな。茶でも飲みに行くか」


 リビングに行って冷たい麦茶でも飲むことにしようと思い部屋から出ると、ちょうど雪の部屋から刹那が出てくるところだった。


「刹那?」

「瀬奈君……あ、もしかして瀬奈君もお手洗い?」

「いや、俺は目が覚めただけでちょっと麦茶でも飲もうかってな」

「そうだったのね」


 さて、本来なら女の子にこういうことを言ってはダメだろう。

 しかし、少しだけ彼女を揶揄いたくなってこんなことを俺は口にした。


「夜にトイレで目が覚めるのって年寄りみたいだな」

「……良い度胸じゃないの」

「申し訳ない」


 ちょっとガチの目を向けられたので素直に謝った。

 まあ刹那も本気で怒ったりしていないのは分かっているし、その証拠に彼女はクスクスと笑っていたので一安心だ。


「雪は?」

「ぐっすり眠ってる」

「そうか」

「ねえ瀬奈君、お手洗いの後に私も付き合っていい?」

「もちろん」


 一旦刹那と別れて俺はリビングに向かった。

 刹那の分も麦茶を用意して彼女を待っていると、すぐに刹那はリビングにやってきて隣に並んだ。

 彼女にコップを渡し、お互いにググっと一気に麦茶を飲む。


「……ぷはぁ!」

「冷たくて美味しいわね♪」


 喜んでくれて何よりだ。

 というか、今の刹那を見ていると俺が彼女の立場だったらどんな感じなのかと考えることがあった。


「なあ刹那」

「なに?」

「友達の家に泊まりに行った時ってさ。喉が渇いた時とか安易に冷蔵庫とか開けられないと思うんだけど、やっぱりそういうのってある?」


 そう問いかけると刹那はもちろんと頷いた。


「それはあるわね。実は夕飯の後に紅葉さんに言われたことがあって、もし喉とか乾いたら遠慮なく冷蔵庫の飲み物を飲んで良いとは言われてるの。でも……ね?」

「……経験はないけどなんとなく分かるよ」


 ならちょうどこの時間を取れて良かったと思うことにしよう。

 それからお互いにもう一杯お互いに麦茶をコップに注いだ後、俺と刹那は特に何も話すことはなかったがこの場から動くこともない。

 ちびちびとゆっくり麦茶を飲んでいる俺と刹那……まるで、このゆったりとした時間が続いてほしいと願っているかのようで……ただただ心地良かった。


「……なあ刹那」

「なあに?」

「今回さ、マジでありがとな。いつもと変わらない里帰りが、今年は本当に楽しいっていうか……刹那が居てくれて俺だけじゃなくて、雪も母さんも楽しそうだから」

「……ふふっ、こちらこそありがとうと言いたいわね。私も凄く楽しんでいるから」


 うん、そう言ってくれるなら良かったよ。

 それからしばらくまあ無言の時間が続き、俺たちは何をしているんだと二人で笑い合う。


「そういえばちょうど今週に花火大会とかあるのよね?」

「あぁ。雪から聞いたのか?」

「一緒に行こうって誘われたわ。もちろん瀬奈君も行くわよね?」

「刹那が雪とのデートに集中したいなら離れて行動するけど」


 そう言うと刹那は苦笑した。

 ただ、今の発言が少しだけ気に入らなかったと言わんばかりに彼女はグッと俺との距離を詰め、人差し指で俺の頬を突くようにしてきた。


「雪ちゃんとのデートも魅力的だけど、雪ちゃんは瀬奈君も絶対一緒って言っていたのよ? それに……瀬奈君には一緒に居てほしいわ。せっかくあなたの故郷で花火大会があるんだもの――瀬奈君との思い出もしっかりと作りたいから」

「……そっか、分かった」


 俺はガシガシと頭を掻いた。

 確かにうちの花火大会なんて夏の時期しかあまりやることもなく、俺にとっても雪にとっても年に一度のイベントと言える。

 それなのに冗談であっても今のようなことを言うべきではなかったな。


(……って、冷静に考えたらかなり恥ずかしいことを言われた気がするぞ)


 そう俺が思ったのは間違いではなかったようで、刹那も顔を赤くしていた。

 そんな彼女の表情を見ているとやっぱり心臓が強く鼓動し、どう考えても刹那のことを意識していることを実感させる。


「瀬奈君? 顔が赤いわよ?」

「刹那だって赤いんだが?」

「……だって恥ずかしいんだもん」

「……………」


 何だこの空間……背中が痒くなっておかしくなりそうだ!

 俺はコホンと咳払いを一つした後、お互いにいつまでも夜中に起きていても仕方ないから部屋に戻ろうと提案した。

 静かに刹那は頷き、俺たちはリビングからそれぞれの部屋へ。


「……刹那」

「うん?」

「今回、こっちに来てくれたことを喜んでもらえる日々にしてみせる。だからまあ色々と楽しみにしててくれ」

「……うん、分かったわ」


 さてと、明日から色々と出歩くことが増えそうだ。

 刹那と別れて部屋に戻ったが……やはり、相変わらず心臓の鼓動がうるさかった。


「……はぁ、やっぱりあれかなぁ」


 既に答えは出ているようなものなのでわざわざ口にすることもない。

 取り敢えず、さっきも言ったが明日からのことをまずは頑張ることにしよう。

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