母親

「どうですか? 刹那さんや兄さんの居る場所に比べて凄く田舎でしょ?」

「う~ん、その問いにそうねと答えるのもおかしいけれど……でも都会にはない静けさはとても良いと思うのよ。自然も多くて空気が美味しいし」


 再会して早々に兄貴を放って雪は刹那との会話に花を咲かせている。

 いやいや、別に良いんだぜ? いいんだけど……ちょっと寂しい気持ちもあったりなかったりで微妙な気持ちだった。

 まあ、こうして雪の元気な姿を見られたのは嬉しかったし、俺にとって慣れ親しんだ故郷の地だ……うん悪くない。


「……特に変わらんなぁ」


 数ヶ月しか経っていないのでそこまで変化されても困るが。

 それにしても都会で目まぐるしく色んなことが変化する中で、刹那も言ったがこの変わらない静けさが本当に心地が良かった。

 それから実家まで真っ直ぐに向かい、ようやく俺は帰ってきた。


「ただいま~」

「お、お邪魔します……っ!」

「おかえり兄さん! いらっしゃい刹那さん!」


 ということで、緊張する刹那も家の中に入ってもらった。

 今は確かに夏休みではあるが平日なので、母さんは市場の方に野菜を売りに行っているようだ。

 あまり無理をするなとずっと言っているのに、それでも母さんは農業にハマっているようで全く話を聞いてくれない。


「……忘れてないな」


 だからこそ、Aランク階層で手に入れた軟膏を土産として持ってきた。

 以前に真田に渡した軟膏と似たようなもので、これは湿布のような役割もしてくれるもので、その効き目は折り紙付きだ。

 体が痛いのを堪えて大好きな農作業をする母さんにはピッタリだし、もしかしたら元気になり過ぎてもっと気合を入れて作業をするようになるかもしれない。


「俺は荷物を部屋に置いてくる。刹那は……どうする? 部屋は一つ空いてるみたいだけど、なんなら雪の部屋で寝るか?」

「あ、そうしようよ刹那さん!」

「あら、良いのかしら」

「もちろんだよ!」

「ふふっ、じゃあそうさせてもらうわね」


 一応刹那が寝泊りするための部屋も用意していたが、荷物はそっちに置いてもらって寝るときは雪と一緒に寝てもらおう。

 元々約束していたみたいだし、これから一週間ほど雪の部屋は騒がしくなるな。

 二人から離れて俺も自室に移動し、雪が掃除をしてくれているので埃一つない部屋を眺める。


「……ただいま」


 探索者になるまではずっと居た部屋……変わってないな。

 それからしばらく部屋でジッとしていると、バタバタと足音が聞こえて部屋がノックされた。


「入って良いぞ?」

「入りま~す♪」

「失礼します!」


 元気の良い声と共に二人が入ってきた。

 雪は入って早々俺に飛びつき、刹那は不思議そうな物を見るように俺の部屋の中を見回す。


「そんなに珍しいか?」

「え? あぁうん……その、男の子の部屋って初めてなのよ。それで、こんな感じなのねって思ったの」

「ほ~ん」


 それは光栄……と言っていいのかな。

 住んでいる場所が本格的に学校の寮なので、この部屋の中はここ数年の間に目に見える変化は起きていない。

 そんな部屋ではあっても刹那にとっては本当に珍しいのか、チラチラと辺りを見ては俺にも視線を向けてくる。


「兄さん、刹那さん可愛いね」

「うん? あぁ……だな」


 本格的に外に出たりするのは明日からにしようということで、俺たちはそれぞれ各々の時間を過ごすことになった。

 刹那と雪がリビングで楽しそうに話をしているのを見届けた後、俺は一人で外に出て散歩を始めた。


「……あっちぃ」


 夏なので照り付ける太陽の日差しがしんどい。

 それでもこの暑さにひぃひぃ言ってはこの夏を乗り切れなどしない、そんなことを思いながら俺は周りを見ながら歩き続ける。


(色々なことを思い出すな。探索者までは普通に学生をやってたのに、自分に能力があることを理解してからは早かった)


 ちょうど雪のこともあって俺は形振り構っていなかった。

 まあその時に刀に関するスキルが目覚めたこともあるけど、同時に刀という武器をかっこいいなと思いながらダンジョンを駆けて……そして今に至る。

 刹那にも言ったようにこの街は田舎ということもあって人口も少なく、更に言えば探索者としてこの街から出て行った人も限りなく少ない――言ってしまえば、俺の歳で探索者になった奴は全然居なかった。


(探索者として成功経験のある家庭に生まれていない子供に見られるレッテルはどちらかになる。期待されるか、無駄だから諦めろと思われるかだ)


 探索者として生きる、そう言った俺を元クラスメイトは鼻で笑った。

 適正がないことを悔しがりながらも、お前には絶対に無理だと決めつけていたのは今思うと単に羨ましいという気持ちもあったのかもしれない。

 だからこそ、昔の知り合いに会って色々と言われるのも面倒なので、俺は基本的にこうして故郷に帰ってきてもクラスメイトと会うこともなければ、探索者としてどれだけやれているかも伝える気はない。


「……あれ、時岡?」

「あん?」


 考え事をしていたからか、俺は声をかけられるまで気付かなかった。

 家からそこそこ離れもう少しで母さんたちが良く世話になる商店街が近いと言った場所で、振り向いた先に居たのは二人の男子だった。


「……阿澄あすみ柿原かきはらか」


 阿澄、柿原、二人ともかつてのクラスメイトだった。

 まさか元クラスメイトを思い浮かべたからこうして再会したのか? だとしたら神様ってのは本当に悪戯心があるようだ。

 ただのクラスメイトならまだしも、この二人は探索者になると言った俺を馬鹿にした二人だし。


「帰って来たのか?」

「確か探索者として出ていなかったっけ?」

「夏休みだからだよ。にしても久しいな二人とも」


 そういうと二人は笑った。

 どうやら俺を馬鹿にしたことも既に忘れているような雰囲気で、それなら別に何も気にすることないかと俺は思うことにした。

 仮に今同じことを言われたとしても、あっちで向けられる視線に比べれば何も大したことはない。


「久しぶりだな!」

「確かに夏休みだけど、探索者辞めたのか?」

「辞めてねえって。順調に毎日楽しんでるっての」


 こういう時、話が弾むべきなんだろうけど……やっぱり特にどうでも良いと思ってしまうな。

 真一たちには決して抱くことのない感情で中々難しいモノだ。

 結局、その後はすぐに二人と別れたので特に何もなく、俺は一人で商店街の中を懐かしく思いながら歩き……そして、母さんを見つけた。


「……え? 瀬奈?」

「おう。久しぶり母さん」


 帰ってきても会えるんだけど、こういう時はサプライズがてら会いに来るのもありってもんだよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る