帰郷

「よし、こんなもんで良いか」


 前日に荷物を纏め終えたとはいえ、最後の準備は終えた。

 今回は一週間ほどの帰省ということで、今まででは一番長くなる。


「……?」


 既に帰省届けも出しているのでいつでも実家に向かうことが出来るのだが、そのタイミングで鏡花さんから電話がかかってきた。


「もしもし?」

『もしもし、おはよう瀬奈君』

「おはようございます」


 こんな朝に……というより、鏡花さんから直接電話が来るのは珍しいことだ。

 どうしたのかと思っていると、彼女から伝えられた内容は至極当たり前とも言えることだった。


『刹那のこと、よろしくお願いするわね』

「っと、そうですね。任されました……って、俺より刹那の方がしっかりしていると思いますけど」

『そうかしら。確かに刹那は頼りになる子だけど、あれで抜けてる部分はあるから心配もしているのよ』

「あ~……」

『万が一聞かれると怒られちゃうからこの辺でね。あの子、こっちに戻ってきて今日のことをとても楽しみにしているのを見たのよ。え、そこまでって思うくらいね』

「そうだったんですか」

『えぇ。だからどうか、あの子を楽しませてあげてほしいわ。それと、何か良い報告でもあれば良いわね』


 それからしばらく話をして鏡花さんとの通話は終わった。

 話を聞くほど今日のことを刹那が楽しみにしていたというのはある意味プレッシャーのように感じなくもないが、雪も居るし大丈夫だろう。


「良い報告って……まあ良いか」


 気になることはあるがそろそろ出るとしよう。

 実家に戻るわけなので荷物は特になく、前日に買った土産を少々持って帰るだけなので身軽だ。

 俺は鞄を一つ背負って寮を出た後、駅前で彼女と合流した。


「あ、瀬奈君!」

「……おぉ、おはよう」

「おはよう!」


 ニコッと微笑んだ刹那に心臓が跳ねた。

 夏の暑さを軽減するために少々肌の露出が多い服装なのだが……別にグラビアアイドルのように胸の谷間が見えたりするわけではないのだが、それでも彼女の姿から女としての色気を感じる辺りこれも魅力かと改めて思った。


「……って荷物多くね?」

「そ、そうかしら……」


 そこで気になったのが彼女の鞄の大きさだった。

 普通の旅行鞄ではあるのだが……いやでも、女の子の場合は色々とあるだろうしこれくらい普通なのかもな。


「いや、すまん普通だな。一週間も泊まるわけだし、元々実家に帰るので荷物の少ない自分を基準にしちまった」

「……そうよね。そう考えると瀬奈君は身軽で良さそうだわ」

「ま、それが実家帰りってやつだ。だからさ」


 少し強引かと思ったが、刹那の引く鞄を受け取った。


「せめてこれくらいはさせてくれ。あくまで招く側だし」

「そこまでしなくても……ふふ、じゃあお願いするわね」

「おう」

「その代わり――」


 刹那は鞄を持つ手とは反対側に立ち、空いた手を取った。

 ギュッと握りしめられたことで、明確に彼女に手を繋がれているのだと実感した。


「良いでしょ?」

「……あぁ」


 そんな短いやり取りを経て俺たちは新幹線に乗った。

 こうして新幹線に乗るのも久しぶりで……俺はボーっとしながら、隣に刹那が座っている気配を感じながら景色を眺めている。

 今まで実家に帰る時は基本的に一人だったけど、こうして隣に誰かが居るというのはやっぱり新鮮だ。


「刹那」

「なに?」

「……今まではずっと里帰りは一人だった。だからなのか、こうして君が隣に居るのは不思議な感覚だよ」

「嫌とか言わないわよね?」

「言うわけないだろ。むしろ……」

「むしろ?」

「……嬉しいかもしれない」


 そう……新鮮なのもそうだが嬉しかった。

 そう伝えると刹那は目を丸くしたが、すぐにクスッと笑って嬉しそうに笑ってくれて俺まで頬が緩む。

 さて、そうなると次に訪れるのは恥ずかしさだが……それを先んじて帳消しにするためなのか刹那はポッキーのお菓子を取り出した。


「ぽ、ポッキーゲームしましょうか!」

「……え?」

「……あ」


 ポッキーゲームは違うんじゃないでしょうか。

 逆に俺の方が冷静になって刹那を見つめ返す形になり、刹那は急に黙り込んでお菓子の蓋を開けてポッキーを一本差し出した」


「……はい」

「ありがと」


 ぱくり……うん、チョコの味が最高だ。

 こういう時は妙に突かない方が良いのは雪との接し方で分かっているし、刹那が下を向いているので聞かない方が良い。

 しばらくすれば刹那も普段の調子を取り戻し、俺と刹那は二人お菓子をずっと食べ続けていた。


「こんなのもあるわよ?」

「お菓子めっちゃ出てくるじゃん。あんなに体重が云々言ってたのに」

「こんなお菓子程度で体重は変わらないわ!」

「そりゃそうだな。よし食べよう!」

「えぇ!」

「ちなみに俺も少し菓子があるぞ」

「良いわね!」


 ……いや、これは流石に食べすぎかもしれない。

 そうは思っても幸せそうな顔で刹那はお菓子を食べる手を止めないので、何かを伝えるのも野暮な気がしてきたほどだ。

 そんな風に俺と刹那は楽しく新幹線での時間を過ごし、そしてついに目的地に到着するのだった。


「忘れ物ないよな?」

「大丈夫よ」


 二人でしっかりと荷物を確認して新幹線を降り、ホームから外に出たところで声が響いた。


「兄さん! 刹那さん!」


 響いたのは当然雪の声だった。

 俺と刹那のことを待ちきれなかったのか、雪は満面の笑みで俺たちに向かって手を振りながら駆け出した。


「……あんな風に走れるようになったんだよなぁ」


 なんて、涙が流れそうになったのは秘密だ。

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