勝利

「……そろそろか」


 授業を受けている最中、俺はボソッと呟いた。

 俺にとって今日はいつもと変わらない日常だが、隆盛にとってはこれまでの頑張りが発揮できるかどうかという大切な日になっている。

 彼がこの先探索者を続けるかどうかは分からないけど、それでも少しでも探索者として過ごしたことに自信を持ってくれたなら良いと俺は願っている。


(気になって仕方ねえ……)


 大丈夫だから、頑張るからと隆盛は言っていた。

 その言葉を疑うつもりはないし、魔物を相手取るだけでなく俺とも軽く模擬戦をすることで隆盛は対人の戦い方を培うことが出来た。

 もちろんそれだけでなく、それなりの力で攻撃を加えることで隆盛の目を慣れさせることもある程度出来た……だから後は彼次第、でも凄く気になる。


「……サボる……じゃなくて、見に行くか」


 思い立ったら吉、行くとするか!

 俺は黒板にチョークで文字を書いている先生に聞こえるように、演技で呻き声を上げた。


「う……うぅ……っ」

「? どうした?」


 気付いたのはもちろん先生だけでなく、他のクラスメイトたちも同様だった。

 真一と頼仁の視線は感じるし、チラッと見たら刹那も心配そうに俺を見つめていて少し申し訳なさがあったが、俺は辛そうな表情を心掛けるように立ち上がった。


「すんません先生……保健室、行ってきて良いっすか」

「顔色が悪いな。分かった、行ってこい」

「あざます!」

「あれ元気……」


 俺はあいたたと口にしながら教室を出た後、すぐに模擬戦が行われる学校所有の演習場へと向かうのだった。

 ただ、そこで一つ予想外のことが起こる。

 それなりの速さで移動していた俺の後ろを刹那が追いかけてきたのだ。


「刹那!?」

「私も付き合うわ」

「いやだって授業……」

「私も仮病だから大丈夫」


 それ、何も大丈夫じゃないんだが……。

 とはいえ、今更こうして着いてきた彼女に帰れなんて言えないし……ま、お互いに一時の悪い子になれば済む話だ。

 何だかんだ俺が隆盛を特訓している時、途中からではあったが彼女も見守っていたので気になるんだろう。


「さてと、それじゃあ一応バレずに行くぞ」

「分かったわ」


 流石に本来居ないはずの人間が居るのは不自然だし、何より先生にバレるのも困るからな……まあ、保健室に行ったかどうかの確認をされたらそれまでだけど。

 俺と刹那にとって気配を消すことは簡単だが、それでも念には念を入れるように俺たちは注意を払って演習場に向かった。


「……おぉ」

「こんな風にやっているのね」


 そこはまるで大会のような雰囲気だった。

 Fランク探索者たちのこのようなイベントを目にすることはなかったし、そもそも俺たちでも模擬戦というのは滅多にないからだ。

 多くの生徒たちが向き合って戦う中に彼の姿があった。


「……あ」

「あれは……」


 もう少し早く来れば良かったか……そう思える光景だった。


「隆盛……っ」


 隆盛は倒れていた。

 剣を手に握ってはいるが、体は動くことなく横たわっており……そんな彼を見下ろしているのがあの時、俺は何かを企んでいるんじゃないかと吹き込んでいた男子の片割れだった。

 隆盛よりも立派な体を持ったあの男子はハルバートを手にしており、中々のパワースタイルで戦うのを得意としているようだが、パッと見た感じでも隆盛よりも練度は感じられた。


「……まだ終わってないわね」

「あぁ」


 倒れてはいるが、隆盛は意識を失っていない。

 剣を杖代わりにして立ち上がり、必死の形相で目の前の相手を見据えている……あの目は魔物に対して必死に戦っていた時と同じで、俺を前にした時も途中から彼はあんな目をしていた。


「……まあ見えないんだけどな」

「え?」

「何でもない」


 見えなくてもそんな意思を俺は隆盛から感じた。

 ただ、そんな彼が何かを感じ取ったかのようにこちらにチラッと目を向けた。


「……頑張れよ」


 隆盛は俺たちを目を丸くしたが、小さく頷いて再び前を見た。

 それから何かやり取りを相手とした後、隆盛は泥臭いながらも相手の強靭なハルバートをいなすようにしながら戦っていく。

 どうしてさっき倒れていたのか、そう疑問に思うほどに動きが良い。


「良い動きをするじゃないの。まるで瀬奈君の攻撃を避けていた動きみたいだわ」

「だな……もしかしたら、やっと目が慣れてきたのかもしれない」


 体はボロボロだが、まるで逆境に対する強さを証明するように隆盛は反撃を与えていき、相手の男子も段々と表情が険しくなっていく。

 やはり同じランク帯の中で実力に開きはあってもそこまででないのは明らかだ。

 決定打を与えることの出来ない相手がハルバートを大振りしたことで隙が生まれ、隆盛はその一瞬を突くように強く踏み込んだ。


『踏み込みが足りん! もっと強く押し込め!』

『分かった!』


 ……なんつうか、俺は別に誰かを指導できるような大層な人間じゃない。

 でも、少しとはいえ教えた弟子みたいな存在のかっこよく輝いている姿を見るのは何とも言えない達成感と、自分のことのような喜びがあった。


「僕は……!」


 その時、隆盛の声が聞こえた。


「勝つために好きなモノを置いてこなかった! 僕は、自分が好きだと思った戦い方で勝ってみせるんだ!」


 そう言って隆盛は鮮やかな一閃をお見舞いした。

 それは相手のハルバートを弾き飛ばし、戦うために必要な力を奪った……つまり、それは隆盛の勝利を意味していた。

 先生が手を上げたことで隆盛の勝利が宣言され、その大番狂わせに多くの生徒たちが見つめていた。


「良かったわね?」

「あぁ」


 なんかあれだな、子供の授業を眺める親の心境みたいだ。

 まあ親になったことはないけど……何となくそんなことを思いながら、今日の夕飯は何か美味しいものを隆盛に奢ろうかなと俺は考えるのだった。

 

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