ロストショット

 模擬戦を終えた後、早乙女さんが去った後のことだ。

 うるさい奴を黙らすために分かりやすい決着を求めたものの、よくよく考えれば刹那のことを何も考えないやり取りだったのは言うまでもない。

 負けるはずがないと思っていたのは俺の傲慢で、もしも何か神崎が力を隠し持っていて万が一にも敗北するようなことがあったとしたら……彼女の知らないところで勝手に全てが決まることになる。


「……ったく、何だかんだ馬鹿なのは俺もか」


 そう呟くと、ずっと座り込んでいた神崎が立ち上がった。


「ふ……ふざけるな! どうして俺がBランクに負ける!? どうせ卑怯な手を使ったんだろうが!!」

「……………」


 思いっきり舌打ちをしそうになったが、俺にも悪い部分はある。

 見届けてくれた早乙女さんが納得するような勝ち方だったとしても、何も失う物がなくプライドの高い奴がこのような態度に出るのも分かっていたじゃないか。

 今回の戦いの条件は負けた方が言うことを聞くという単純なもの、奴が負けても何もないのは確かに少し不公平かもな。


「卑怯な手か……まあお前が何を思ってもどうでも良い。確かに、一番分かりやすい方法があったな」

「何を言ってやがるクソ野郎が!」


 俺は瞬時に手元に刀を出現させた。

 無双の一刀を発動することで身体能力も全てが跳ね上がるため、目の前に立つ俺を見ている奴の目も分かりやすく変化した。

 殺気を研ぎ澄ませるように、ただただ奴にそれを向けて刀を突き付けた。


「……え……っ!?」


 神崎の首に刀の刃を押し当てると、神崎は一瞬意識を飛ばしかけた。

 それはおそらく、俺の凝縮した殺気が奴に幻覚を見せたせいだ――首を落とされたのを錯覚する幻覚を。


「力の誇示は慣れないけど今は言わせてくれ――お前は負けた、ウダウダ言うな」

「……………」


 黙り込んだ奴の首に当てた刀に力を入れると、神崎は慌てるようにして分かったと頷いた。


「わ、分かった……もう何も言わねえ……何も言わねえから!」


 それなら良しと、俺は神崎から離れた。

 何だろうな……色々と考えたせいか、妙に思考がクリアになっている気がする。

 だからこそ、奴に背中を向けた段階で気付いていた……俺の背中に向かって、神崎が斧を振り下ろそうとしたことを。

 チラッと背後を見た時、神崎は笑っていた――だからこそ、俺はあのスキルを無感情に発動させた。


【ロストショット】発動


 予め残しておいた矢が真っ直ぐに動き始め、それは神崎の背中に突き刺さった。

 もちろん魔力の塊なので体自体に傷が付くことはなく、青い矢はそのまま神崎の体を貫通した。


「……え?」


 その時、呆然としながら神崎は斧を地面に落した。

 まるで重たい物を持てなくなったかのように斧を見つめている神崎だったが、彼は何かを確認するようにスマホを見た後、狼狽えるようにして出て行った。


「……ふぅ」


 代償にしてはあまりにも大きいような気もする……けど、決め事をした戦いの後に背後から襲い掛かろうとしたのだからまあ、罰としては良いんじゃないかな。

 以前に千葉に対してスキルを使った時は数日間悩んでしまったけど、その時に比べたら何かを悩むこともなかった。


「帰るか」


 なんか……ある一線を越えようとしたなら容赦なくロストショットを使う、そう気持ちが整理出来たのは果たして残酷なことなのか、そうしないと変に付け上がらせるし今後も絡んでくることを考えたらそっちの方が良いかもしれない。

 それから組合を出る直前、早乙女さんに呼び止められた。


「何かありましたか? 彼、凄い形相で出て行きましたけど」


 負けたのが悔しかったんだろうと伝えると、早乙女さんはですよねと苦笑した。

 それから組合を離れた後、まるで示し合わせたように俺は彼女と出会った。


「あら、奇遇ね瀬奈君」

「……刹那か」

「良い時間だし夕飯一緒にどう?」

「そうだな。それじゃあ行こうぜ」

「えぇ」


 ということで、刹那と一緒に夕飯を食べることになった。

 少し高い店に行こうと彼女に言われ、向かった先は以前に彼女の両親と向かった焼肉店だった。

 まるで張り合うかのようにこの店に連れてこられたようなものだけど、あれから数日も経ってないのにまたここに来るなんて思わなかった。


「さあ、今日はいつもより少し多めに食べるわよ!」

「お、今日は気にしないのか?」

「良いのよ! 私ね、気付いたの」


 ビシッと指を立てて彼女は言った。


「確かに食べ過ぎて体重が増えるのは嫌なことよ。でもね? 美味しい物を前にした時にそんな下らないことを考えてご飯を食べるのは止めることにしたわ」

「……そうなんだ」

「どうせ動くもの、すぐに汗を掻いてプラマイゼロよ!」

「あ、はい」


 まああれだな、美味い飯を食う時に確かにそんなことを気にしていたら気分も下がるってもんだ。

 それから運ばれてきた肉を二人で焼きながら美味しく食べ始め、少し腹が膨れたかなとなったところでボソッと呟いた。


「……その、実は早乙女さんから連絡があったのよ」

「え?」

「また私のことで勝負をしたって」

「……あ~」


 どうやら早乙女さんが伝えたらしい。

 申し訳なさそうな顔をした刹那に気にするなと言って、俺は一応顛末を彼女に伝えた。

 ロストショットのことも伝えるか迷ったが、隠し事の苦手な俺からすると刹那はどうせ気にするだろうと思って全て話した。


「やり過ぎかなとは一瞬思ったけど、それでも相手が一線を越えようとしたら使うことにしたよ。まあ、ああいうのは千葉の時も含めて稀だろうけどさ」

「そう……自分のことでそうなったのは少しスッキリしないけれど、自分の中で大切だと思える優先度があるのも確かなの」

「……そうか」


 この話はそれっきりだった。

 確かに少しは互いに気にしたものの、ある程度すればお互いにその話はもうしなくなった。


「さあ瀬奈君、もっと食べるわよ」

「おう」


 ロストショット、これからはもっと付き合うことになりそうだ。

 もちろん無暗に使うわけじゃないけどな。

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