呆気ない決着

 それはとある日、突然の再開だった。


「……あ、お兄ちゃん!」

「むっ?」


 この声は……俺が振り向くと、そこに居たのは勇樹だった。

 依頼という形で出会い、ロストショットを千葉たちに対して使った要因にもなった男の子……彼は俺と目が合った瞬間に駆け出した。


「お兄ちゃん!」

「おっと……ったく、いきなり飛びついてくるやつがあるか」

「良いじゃんか! 僕は気にしないし!」

「……良い度胸じゃねえか」


 グリグリと頭を撫でてやった。

 思えばこの子が病院に連れ込まれてから一度も会ってはいなかった。

 歳もかなり離れているしただの知り合いってだけで親しくもない、だからこそ普通の関係と言えばそれまでだが……まああれだ、元気になったようで良かった。


「あれ以来だな。体は大丈夫か?」

「うん! 僕は強いから大丈夫だって!」

「言うねぇ。うん、それならお母さんも安心だろ」


 小さい子供の戯言と言えばそれまでだけど、こんな風に自信たっぷりに強いんだと胸を張る男の子は見ていて微笑ましい。

 まるで昔、雪は俺が守るんだとまだ探索者として目覚めていなかったのに胸を張っていた俺自身にそっくりだ。


「お兄ちゃんは何してたの?」

「俺はダンジョンの帰りでな。さっきまで友達と潜ってた」

「……探索者、やっぱりかっこいいなぁ」


 純粋な勇樹の視線に俺は苦笑した。

 今となっては探索者という職業は命の危険と隣り合わせではあるものの、やはり夢のある職業として世の中に認知されている。

 最近では治安の締め付けもかなり強くなって元探索者の犯罪も減っており、それも追い風となって子供たちにとって探索者はかっこいいものとして認識しているようだった。


「お兄ちゃんみたいに強く、誰かを助けられる人になりたい!」

「へぇ? そんな風に俺を見てるのか」

「だってそうでしょ? お兄ちゃんは助けてくれたもん、僕の憧れだよ!」

「……………」


 ……嬉しいこと言ってくれるじゃないか。

 別に己惚れるわけじゃないが俺は探索者として優れた能力を持っている……だがそれを誇示するつもりはないし、表立って口にするわけでもない。

 助けられるものがあれば助ける、それを実践していたわけだけど……こんな風に思われるのも悪い気はしない。


「俺を憧れにするな、そう言いたいのは山々だけど嬉しいもんだな」

「……えへへ♪」

「ただまあ、探索者ってのは夢はあるけど危険と隣り合わせだ。ちゃんと自分で考えて、お母さんとも相談して決めるんだぞ?」

「分かった!」


 その場しのぎの返事ではなく、しっかりと考えての返事だった。

 この子が将来探索者として成功するかどうかは分からないが、何となく強い子に育ちそうな気もする……心から頑張れと言えるほど甘い職業ではないが、それでもこういう子は強くなっても絶対に間違いを起こさないだろう。


「……ってそうだった! 買い物の途中だったんだ!」

「へぇ。まだ小さいのに凄いじゃないか」

「まあね! じゃあお兄ちゃん、また会ったらお話しよ!」

「おうよ」


 手を振って勇樹は去って行った。

 俺にもあんな年頃があったなと微笑ましい気分になったが、どうもこういう人が良い気分になった時に邪魔をしたい人間というのはこの世界に多いらしい。


「おい、お前」

「……あん?」


 後ろから視線を感じてはいたが、実際にこうして話しかけられたことで振り向く。

 そこに居たのは刹那を誘おうとして断られた男であり、つまり……刹那の傍に居る俺のことを面白くない目で見ていた奴だ。


神崎かんざきだっけか、確かそんな名前のはずだ)


 特に知り合いでもないので詳しく名前は覚えていない。

 たぶん神崎で合っているはず……よし、こいつは今日から俺の中で神崎だ。


「何の用だ?」

「これ以上皇さんに付き纏うんじゃねえよ」

「……はぁ」


 俺はやっぱりかよと小さくため息を吐いた。

 面倒ごとはごめんだし関わらないで済むなら自分から関わることはない……でも、既に刹那のことに関しては大きく関わっているし、もしも俺がこいつの言うことを聞いて刹那との距離を取ってしまったら、それこそ彼女との友情を裏切ることに他ならない。


「嫌だね。悪いがそいつは断る」

「なんだと?」

「刹那とは大切な友人として接してる……それは向こうも同じだ。だから彼女の為にもその要件に従うのは無理って話だ」


 刹那は俺のことを大切な友人だと考えてくれている。

 だからこそ、俺が彼女との友情を切るということは全てが終わると言っても過言ではない……だってそうだよな、もしそうなったら雪や鏡花さんだけじゃなく真一たちにも怒られちまう。


(それに何より、俺自身がそんなことをしたくないんだよ)


 刹那の笑顔を考えると、とてもじゃないが彼女が悲しむことは絶対に出来ない。

 ここまで言っても神崎は納得できないようで、更に言葉を重ねようとしてきたが俺はそれを遮るように、プライドの高いAランク探索者だからこそ乗るであろう挑発をした。


「なら、俺と模擬戦をしてみないか? それで俺が負けたら刹那とは関わらない」

「は? Bランクの雑魚が俺と?」


 うん、やっぱり頷いてきやがった。

 確かにランクが一つ変わるだけで力の差は歴然だけど、こいつが乗ってくれるのなら今の段階でどんなに思われても構わない。


「良いだろう。ボコボコにしてやるぜ」

「決まりだな」


 ということで、俺たちはそれから探索者組合に向かった。

 さっきも会ったけど早乙女さんに千条院の時と同じように模擬戦の判定をお願いすると快く引き受けてくれた。


「……そういうことみたいですね」

「察しが良くて助かります」


 それからスペースを借りて俺は神崎と向き合う。

 彼が扱う武器は斧のようで、パワーアタッカーといったところだろうか。


(脳筋っぽいけど、果たしてどうかな?)


 とはいえ、既に夕方過ぎで夜になりかけている。

 腹も減っているしさっさと終わらせよう――俺は弓を構え、いつでも動けるように体勢を低くする。


「それでは行きますよ――始め!」

「おらあああああああああっ!! 加速! 筋力上昇! 威力倍増!」

「……………」


 やっぱり脳筋だったようだ。

 俺は迫る神崎に向けて矢を放つのだが、当たり前のように明後日の方向にも無数に矢を放つ。


「どこ撃ってんだよノーコン野郎が!!」

「……初見殺しですよねぇ」


 馬鹿丸出しに突っ込んでくる神崎とは別に、早乙女さんは見たことあるが故に楽しそうに見ていた。


【魔弓】発動


 スキルを発動させ、適当に撃った矢を全て神崎に集約させる。

 しかし、流石はAランクの探索者だった。


「ちっ!? クソが!!」


 神崎は地面に斧を思いっきり突き立て、その衝撃で矢を全て弾こうとしたがそんなものでどうにかなるスキルではない。


「そんなもので魔の矢が止まると思うな。撃ち貫け!!」


 あ、ちょっと中二病が再発……ええい気にするな!

 何発かは落とされたが、それでも残りの矢は全て神崎に向かい、彼の斧を叩き落とし服もボロボロの状態にした。

 武器を失った神崎の近くに跳躍し、弓を引いてその額に突き立てる。


「チェックメイト、俺の勝ちだな?」

「……てめ――」


 まだだと、言いかけた声を無理やり封じるように残った矢を全て近くに落下させるとそれだけで神崎はビビって黙り込んだ。


「そこまで、時岡君の勝利です!」


 早乙女さんが声が響き渡り、勝負は俺の勝利となった。

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