花婿と花嫁
「……ついに来てしまったか」
学校の無い休日となり、俺は昼食を済ませてからとある建物の前に居た。
「ユニティア……ここか」
ここが刹那と待ち合わせした例のお店だ。
外装もさることながらここから見える内装も大したもので、並んでいる服……ドレスだがきっと物凄く高いんだろうなと漠然ながら思う。
「……………」
こういう店には一度も来たことがないので少しばかり圧倒されてしまうが、それでも中で刹那は既に待っているだろうし行くとしよう。
完全に安物の私服姿でご入店となりそうだったが、もしかしたら中から俺が見えたのかもしれないな。
「あ、瀬奈君!」
中から刹那が出てきてくれた。
彼女はそのまま俺の隣に並び、緊張しないでと柔らかく微笑んで手を引いてくれたので、俺は完全に緊張が解けないまでも少しは落ち着いた。
「あら、待ってたわよ」
「……鏡花さんも居るのか」
「面白がって付いてきたのよ」
中には満面の笑みを浮かべた鏡花さんも待っており、その傍には今回の撮影に関するスタッフと思われる人の姿は多数ある。
なんか……本格的だなとやっぱり怖くなってきたぞ。
鏡花さんの隣に居たふくよかで派手な女性が俺を見たかと思いきや、パンと手を叩いて近づいてきた。
「あなたが今回刹那ちゃんの相手役になってくれた子ね?
「よろしくお願いします時岡です」
刹那が皇グループの令嬢であることを含めSランクの探索者というのも来栖さんを含めてここに居る全員が知っているはずだ。
だからこそ少なからずなんでこんな奴が、みたいな視線を向けられるのは覚悟していただけに、俺の予想に反して拍子抜けになるくらいにそのような視線は全くと言っていいほどなかった。
「どうしたの?」
「……いや、何でもないよ」
それならそれでありがたいか……いや、流石皇傘下の会社ってところか。
刹那はもちろんだが鏡花さんも相手が誰であれ他人を見下すようなことは許さないはずだし、それを教育したかどうかは分からないが、人間性から見ても問題ない人が集まっているってことなのかな。
「……流石って感じがするよ」
「え?」
「鏡花さんもそうだし、刹那の周りには良い人が集まるんだなって」
「……ありがとう」
刹那とそう笑い合っていると、鏡花さんと来栖さんがニコニコと俺たちのことを見つめており、俺と刹那はそっと距離を離した。
それから俺と刹那は別れてスタッフの人に付いていく。
「……これっすか」
「そうですね。タキシードは一般的ですが今回もその例に漏れません」
「高校生でこれを着る日が来るとは思いませんでした」
「でしょうね。ですがこれも良い経験ですよ? 是非、将来はこちらで予約をなさってくださいな」
「……………」
将来の予約、それはつまり結婚する時はここで頼んでくれってことか? まあ社交辞令として受け取っておこう。
さて、それから俺は特に何もすることなく言われるがままだった。
簡単にメイクを施され、タキシード服に袖を通し……そして数十分が経過した頃には正装姿となった俺が鏡の前に立っていた。
「……おぉ」
「良いじゃないですか。とてもかっこいいと思います」
髪の毛もワックスで固めているし……うん、確かに個人的にも悪くないんじゃないかと思えるがやっぱり恥ずかしさはある。
「普段ワックスとか使わないですし……良いと思いますけど慣れねえ……」
「おしゃれとかあまり興味はないのですか?」
「そうっすね……かといって不潔にしているわけじゃないですけど」
「それは分かっております。さて、どうやらあちらも準備は出来たようですよ」
どうやら刹那の方も準備が終わったようだ。
あっちには鏡花さんも含め来栖さんや他のスタッフが居るし、やはり女性の準備は手間がかかるようだ。
「……お連れしてよろしいですか? 畏まりました――時岡様、参りましょうか」
「……うっす」
それから俺は女性に連れられて刹那の元へ。
彼女が支度をしている部屋の扉の前には鏡花さんたちが控えており、現れた俺を見てあらあらと声を上げた。
「良いじゃないの瀬奈君。刹那の花婿にピッタリだわ」
「本当ね! 刹那ちゃんの隣に並んでも全然お似合いだわ!」
「……どうも」
確かなことは本当に結婚するわけじゃないですからね?
それだけは言っておこうかと思ったけれど、鏡花さんに背中を押されてすぐに中へ入ることになった。
「母さん?」
「瀬奈君を連れてきたわよ」
「っ……」
「ちょっと、何を今更恥ずかしがっているの」
中で待っていたのは刹那だが、彼女は当然純白のドレスを身に纏っている。
後ろ姿しか見えないものの、ドレスの美しさはもちろんだが背中の綺麗な肌が眩しく、同時に長い髪が縫い上げられていることで覗くうなじがやけに色っぽい。
「……………」
つい唾を俺は呑み込んだ。
それを合図にするかのように、ゆっくりと刹那は振り向き……俺は正面を向いた彼女の姿に言葉を失った。
「……どうかしら?」
いつもの装いではなく、ただウエディングドレスを着ただけだ。
化粧も施され口紅なども軽くしているだけ……そう、彼女の本質は何も変わっていないのに、まるで御伽噺の世界からそのまま出てきたお姫様のように見えたのだ。
「えっと……お姫様みたいだな」
思ったことが素直に言葉となって放たれた。
まあ言い訳をさせてもらえるなら本当に彼女は綺麗で、俺自身もこんなに他人に対して綺麗だと思ったことはなかった……それだけ見惚れていた。
「あ……ありがとう」
刹那は下を向いたが、そっと顔を上げてそう口にした。
その微笑みを直視できず、今度は俺の方が下を向いてしまったが……まあお互い様ということで、俺と刹那はしばらく間を空けてお互いに苦笑した。
「瀬奈君かっこいいわ」
「刹那も……ってさっき言ったから良いよな」
「え? また聞かせてよ」
「……綺麗だ」
「なんか違うなぁ?」
「……お姫様みたいだ」
「……うん」
これ、俺たちはなんのやり取りをしているんだろうか。
「……正直、ここまで頬が緩んでおかしくなるとは思わなかったわ」
「そうね……若いって良いわねぇ」
ということで、撮影の方をはよお願いします。
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