意識

「……ふぅ」


 俺は一人、変わらずタキシード服のままで大きく息を吐いた。

 あれから撮影は始まり、来栖さんを始めスタッフさんの働きのおかげでスムーズに終えることが出来た。


「……あれを今日だけしか見れないっていうのは勿体ねえなぁ」


 なんてことを呟いてしまう。

 それだけドレス姿の刹那は綺麗だったし、そんな彼女と話をしていると心地の良いドキドキがずっと続き、恥ずかしさはあってもこの空間にずっと居たいなんて一時でも考えてしまったほどだ。


「瀬奈君、入って良いかしら?」

「あ、はい」


 すると鏡花さんが部屋の中に入ってきた。

 彼女はジッと椅子に座りっぱなしの俺を見て目を丸くしたが、楽しそうに笑みを浮かべて俺に近づき、そのまま肩に手を置いて言葉を続けた。


「ちょっとボーっとしていたみたいだけど、そんなに刹那の姿が良かったの?」

「……良かった……そうですね。今日しか見れないのが残念だなと思うくらいには、とても綺麗な彼女を見た気分です」

「私思うんだけど、そういうことをナチュラルに言えるタイプなのね瀬奈君は」

「……あ~」


 たぶん、それだけボーっとしていたってことなのかもしれない。

 でも誤解が無いように言うなら本当に俺はそう思った……だから心からの言葉だと思うんだけどどうだろうか。


「ま、その部分もあなたの良さなのね。撮影の合間でも、まるで夫婦みたいなやり取りをしていたじゃない?」

「っ……」


 そんなことはないと思ったが、それを否定するよりも前にそのやり取りを思い出して一気に頬が熱くなった。

 俺も刹那もそう意識したわけではなく、互いに気持ちを落ち着かせる意味もあったし喋っていないと気まずかったのも僅かにあったはずだ。


「私としても、刹那があんなに楽しそうな様子を見れて嬉しいわ。瀬奈君、今回はこの役目を引き受けてくれて本当にありがとう」

「いえいえ、俺の方こそ貴重な体験をさせていただきました!」


 サッと俺は頭を下げた。

 今回、刹那の相手役として撮影に協力することになったが、本当に俺にとっても貴重ない経験をさせてもらったと思っている。

 頭を下げた俺を見て鏡花さんはこんなことをボソッと呟く。


「どうせなら本当の意味で刹那をもらってくれても良いのだけど」

「……えっと」


 言葉に窮した俺を見て鏡花さんは笑ったので、やはり揶揄われたようだ。

 それからは慣れない服だったため着替えを手伝ってもらい、元々ここに来た時の私服に戻った。


「雑誌は近いうちに発売されるものだから刹那から伝わると思うわ。撮影に関して色々と謝礼というのは出るのだけど、それに関しては瀬奈君のお母さんにも伝えておこうと思うの」

「あ、そうですね……というか、別に謝礼とか個人的には要らないんですけど」

「そうもいかないのがルールってやつなのよねぇ。まあ仮にそんなルールがなくても瀬奈君には何らかの形でお返しはしているはずだから変わらないわ」


 ということで、母の連絡先を鏡花さんに教えた。

 ……何故だろうか、こうして母の連絡先を鏡花さんに教えたことで何かを早まったような気分になってしまった。

 考え過ぎかとも思ったが、何より鏡花さんが悪用なんてするはずもないことは分かっているので、やっぱり俺の考え過ぎかな。


「お待たせ瀬奈君」

「……おう」


 俺と同じく私服に着替えた刹那が部屋に入ってきた。

 俺たちはもう特に撮影に関してすることはなく、後はもう解散するだけなのだが来栖さんも部屋にやってきた。


「刹那ちゃん、時岡君も今日は助かったわ。本当にありがとう」


 そう言って頭を下げられ、俺と刹那は揃って頭を上げてくれと慌てるのだった。

 実はこの後……というより夕方以降になるが、来栖さんから夕飯に誘われたものの俺は断り、その流れで刹那も断った。


「流石に慣れないことで疲れているでしょうし、またの機会にしましょうよ」

「そう……ね。残念だけど、また鏡花さんを通じて声をかけさせてもらうわね?」


 これっきりだと思ったがまだこの縁は切れないらしい。

 鏡花さんと来栖さん、他のスタッフさんにもお礼を言って俺と刹那は店を出てのんびりと街中を歩いていた。

 特に何をするでもなく、どこに行くでもなく、俺たちは離れることなく歩幅を合わせて歩くだけだ。


「……………」


 しかし、そんな中で俺はチラッと刹那の横顔を見つめた。

 それはまるで自然と吸い寄せられるようで、自分自身少しおかしいなと思うほどに刹那に視線を向けていた。


「どうしたの?」

「……いや」


 もちろん視線を向けていれば気付かれるのは当たり前だ。

 今の彼女はいつもの彼女、しかしふとした時にさっきまでのドレス姿の彼女が脳裏に浮かぶ。

 結局、その後はすぐに刹那と別れたが俺の心臓はずっとドキドキしていた。


「……くそっ、まるで意識してるみたいじゃないかこれって」


 今までも刹那のことを魅力的だと感じた時は多かったし、彼女の仕草にドキドキしたことは当然あった……だけど、今回は明確に俺は刹那のことを意識していた。


「……帰るか」


 俺はもう一度刹那の去って行った方に視線を向け、小さくため息を吐いてから帰路を歩くのだった。

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