ゴチになります

「へいらっしゃい! って瀬奈かよ!」

「よお真一、お邪魔してるぜ~」


 狼の大群に襲われていた連中を助けたその後のことだ。

 Bランク階層とはいえやはり魔弓を組み合わせた攻撃の前にはほぼすべての魔物が抵抗も出来ずに沈んでいくのだが、中には歯応えのある魔物も居て中々に有意義な時間を過ごすことが出来た。

 帰る頃にはあの助けた連中は既に居なかったので、俺としてもちゃんと帰ったのかと少し気にしていたので安心した。

 そしてダンジョンから出た後、俺が訪れたのが商店街だった。


「なんか良い野菜あるか?」

「レタスが新鮮だぜ。ナスビなんかも良いな」

「ほぉ……じゃあレタスをもらおうかな」

「毎度あり!」


 商店街の中でもそれなりに活気がある一角、そこは真一の実家が経営する八百屋さんだ。

 真一も俺と同じで家族に探索者は居ないので、ここの八百屋さんが彼の家族が代々受け継いできた店というわけだ。


「お、瀬奈君じゃないか久しぶりだな」

「おっちゃんも久しぶり」


 真一と仲が良いということはつまり、その家族とも仲が良い。

 頼仁と一緒に遊びに行ったり、時には泊まったりすることもあるので俺のことを良く知っていた。


「最近どうっすか?」

「売り上げの方は好調だねぇ。今年は天気の良い日が多いから野菜の収穫も捗るようでな……っと、このニンジンとピーマンも持ってけ」

「マジっすか。あざっす!」


 こういう時は悪いかなと思わず、いただけるものはしっかりいただくに限る。

 おっちゃんが野菜を買い物袋に詰めてくれるのを見ていると、一旦休憩することにしたのか真一が手を止めて近づいてきた。


「ダンジョンの帰りか?」

「まあな」

「俺も誘われたんだけど、やっぱりこうして家族の手伝いはしたいからな。また一緒に頼むぜ」

「もちろんだ。いつでも誘ってくれ」


 若いうちに探索者になった者は基本的に大人になっても探索者を続ける人の方が多いけど、中には武器を置いて普通に働く人も居る。

 真一は大学を卒業するまでは探索者を続けると言っていたけど、その後はこの八百屋を継ぐと言っていたので中々に稀なケースだ。


(家族思いの真一らしいな)


 探索者の方が圧倒的に稼げるはずなのに、それでも実家を継ごうとするのは真一も家族を含め受けついできた店のことを大切に考えているからだ。

 俺はこの先探索者を辞めるつもりはない……でもいざ辞めるとしたら、何があっても困らないくらいにお金を貯めた後に母さんと農家をやるのも良いかな。


「じゃあ真一、それからおっちゃんもまた」

「また明日な~」

「またな瀬奈君」


 それから俺は大量に詰め込まれた買い物袋を手に帰路を歩くのだった。

 しかし、その途中で俺は見覚えのある顔をいくつか見た――それは俺が数時間前にダンジョンで助けたパーティだった。


「だからさ、何もないのにいきなり魔物がくたばるわけないだろ? ずっと立ち続けていた俺の覇気があの魔物どもを蹴散らしたんだよ!」

「……………」


 何言ってんだこいつと、俺はチラッとそいつを見た。

 さっき怪我をしていた者たちは治療を終えたようで腕に包帯を巻いており、その点に関しては良かったと思った反面……この何とも言えない発言に一気に俺は冷めてしまった。


(あまり見覚えがない顔だしやっぱ別クラスだよなぁ……)


 少し立ち止まって彼らの話に耳を傾けた。


「いやでも、あれは明らかに何か別のことがあったと思うよ?」

「じゃあ何があったってんだよ。あれだよ、絶対に俺の中で未知の力が覚醒したんだって!」

「……なんでそう思えるんだよお前は」


 どうやら周りのお仲間は常識人のようで安心する。

 だけどこういう奴に限って自分の力に慢心し、それこそ周りの仲間を巻き込んで自滅するタイプだなと俺は思う。

 そもそも、危険が蔓延るダンジョンに挑む中でそんなことを思える余裕があるのもある意味で大物かもしれないが、大物というにはあまりにも大馬鹿者すぎる。


「ならまたダンジョンに行って確かめれば良いだけだ。明日、また明日行こうぜ」


 馬鹿だなと、俺はため息を吐いてその場から離れるのだった。


「……明日か」


 そう呟き歩いていると、ある料理屋の前で黒塗りの車が止まった。

 そこから出てきたのは二人の男女で、そのうちの女性については思いっきり見覚えがあった。


「……鏡花さん?」


 そう、刹那の母である鏡花さんだった。

 鏡花さんが腕を抱いているのは……あぁなるほど、若干危なくなっている生え際を見てあの人が刹那の父なんだなと失礼ながら理解した。

 刹那も普段は寮住まいなので、今は夫婦で仲良く外食といったところかな。


「ここって焼肉が美味いって評判の高い店だよなぁ」


 なんてことを呟きつつ、ササっと帰ろうとしたのだが……やっぱりこういう時だからこそ示し合わせたように鏡花さんはこちらを見た。


「あら、瀬奈君じゃないの」

「うん? 誰だい?」


 鏡花さんが気付いたということはお父さんも気付くということで、バッチリと男性の方も俺を見つめた。

 元Sランクの探索者ということは聞いていたが、確かにその貫録は伝わって来るしまだまだ現役世代と言っても差し支えない実力を備えているのは容易に理解出来た。


「どうもっす」

「……あ~そうか。君が刹那と妻が言っていた時岡君だね?」

「あ、はい」


 ……刹那には会わないって言ってたんだよな。

 取り敢えず帰って良いかなと言おうとしたのだが、いつの間にか傍に来ていた鏡花さんが俺の腕を抱き留めて引っ張る。


「ねえあなた、瀬奈君も一緒にどうかしら」

「もちろん構わないとも。良い機会だし、たくさん話を聞きたいところだね」

「……俺の予定は――」

「焼肉、ご馳走するわよ」


 焼肉なんかに釣られるわけじゃないけど、流石にこうなって断るのは無理だよ。

 とはいえ別に嫌というわけではなかったので、俺は仕方ないかと思いつつも鏡花さんたちの誘いに応じるのだった。

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