にく、うま
「おや、君は塩胡椒なんだね?」
「はい。タレも良いとは思うんですけど、俺はこっちっすね」
さてさて、俺は今とんでもない時間を過ごしている。
ダンジョンの帰り、真一の実家に立ち寄ってから帰るだけだったのに、偶然にも刹那の両親と出会ったことでこうして夕飯を共にすることになった。
どうしてこうなったんだと中々疑問と共に困惑はあったが、目の前に並ぶ美味そうな肉の行列が醸す誘惑には勝てない。
「さあ瀬奈君、どうぞ食べて」
「……いただきます!!」
というか鏡花さん、前に会った時は名字で呼んでいたはずなのに今日はずっと名前で呼ばれているな……ま、別に気にはならないんだけどさ。
「……………」
食べてと言われても、やっぱり少し遠慮が出てしまう。
遠慮自体するのは当然のことだけど、明らかに鏡花さんはお金のことなんて気にしないでって顔だし、もう肉を頼んでしまったので食べるしかないのだが……行くしかねえ!
「しかし時岡君か……君はBランクだったか?」
「はい。最近昇格しましたね」
「ふむ……」
ジッと見つめてくる刹那のお父さん――
Bランクというのは別に嘘ではないんだけど、覚馬さんもSランクということで何か感じ取られるものはあるのかもしれない。
「まあ詳しいことは聞かないでおこうか。実を言うと、刹那からそれなりに話は聞いているんだ。妻からその辺りは聞いてないかい?」
「……以前に少しだけ」
「あんな風に娘が誰かのことを、ましてや同年代の異性について話をするなんてことは今までなかったんだ」
「はぁ……」
和やかな話し方だったのに、いきなり彼はギロリと俺を睨みつけた。
睨みつけたといっても敵意のある視線ではないのだが、良くアニメとか漫画などで見る娘を大切に想う父親の顔に彼はなった。
「娘のこと、どう思っているんだい?」
「……えっと」
刹那のことをどう思っているのか、その問いに対して特に狼狽えることはない。
「好ましいとは思っていますよもちろん。俺にとって本当に最高とも言える友人ですし、この先もずっと仲良く出来るならしたいと思っていますから」
「……ほう」
俺は刹那のことを好ましく思っている……うん間違いない。
刹那と一緒に居るのは楽しいし、彼女と過ごす日々は間違いなく掛け替えのない大切なモノになっているんだ。
その上で俺は覚馬さんにこう伝えた。
「その……刹那のことが好きかどうかってそういう問いだと思うんですけど。生憎とハッキリとはしていないんですよね。刹那のことは非常に魅力的な女性だと思っていますけど、俺ってダンジョン馬鹿ですからそう言う部分に関してはあまり……」
そう口にすると覚馬さんはポカンとし、鏡花さんはクスッと笑った。
「あなた、私が彼を好んだのはこういう正直なところなのよ」
「……なるほどな」
正直なところって……特に嘘を吐く理由もないからな。
まあ現在進行形で本来の力を隠しているのもある意味で嘘を吐いているわけだがそれは許してほしい。
なんて話をしている中、焼けた肉を鏡花さんが取り分けてくれた。
「ネギ塩豚カルビ……あぁ、これを食うために生きていたようなもんだぜ」
「あらあら、幸せそうに食べちゃって」
ちなみに俺、牛肉よりも鶏肉や豚肉の方が大好きだ。
鏡花さんがどんどん食べてと言ってくれるので、俺は二人に見つめられながらパクパクと肉を食べていく。
「息子が居るとこんな感じなのかね」
「かもねぇ……ここに刹那も居ればもっと楽しいだろうけど、あの子は今日誘っても来なかったから」
聞けば友人と夕飯を一緒にするとのことで断られたらしい。
だからこそ、この場に俺が居るのが鏡花さんにとってはとても嬉しいとのことで、俺としてはそこまでストレートに言われてしまっては恥ずかしくなってしまう。
(……母親かぁ、本当に良いもんだな)
こういうことがあるから母さんのことも恋しくなるんだよなぁ。
「刹那に聞いたのだけど、妹さんが来てたんですってね?」
「え? あぁそうですね。久しぶりに会いました」
「どうだったの?」
「最高でしたね。妹は探索者じゃないので少し窮屈な思いをさせましたけど、それでも楽しそうにしてくれているのを見れて良かったです。刹那とも凄く仲良くなってくれたので」
そう口にすると鏡花さんは優しそうな眼差しとなって見つめてきた。
一瞬とはいえ覚馬さんはポカンとしていたが、同じように表情を緩めて頷いた。
「今の話し方で全てを察したよ――君はとても優しい子だ」
「……どうも?」
「そうなのよ。とっても優しい子なのよ瀬奈君は!」
……今のどこにそんな盛り上がる要素があったんだろう。
とはいえ鏡花さんはともかく、覚馬さんとは初対面だったけど悪いように思われていないなら安心だ。
「その……悪いように思われてないなら良かったです」
「まあ君が刹那を好きだとしたら娘はやらんと言った世界もあったかもしれないな」
あっはっはと覚馬さんは笑った。
それから俺と覚馬さんが競うように肉を食べ始め、鏡花さんは困ったように苦笑しながらもずっと楽しそうに見つめており、そして何を思ったのか俺と覚馬さんを写真に撮った。
「これ、刹那に送っても良いかしら?」
「……え?」
それは……いやでも、どんな反応をされるのかはちょっと気になるかも。
仮に俺が首を横に振っても送るつもりなのを感じたので、俺は別に良いですよと答えた。
「ありがとう」
そして鏡花さんが写真を刹那の元に送ったと思ったらすぐに返事があったらしい。
「ねえあなた、見てこれ」
「……そうなるよな」
「なんて書いてあるんです?」
肩を震わせて笑う鏡花さんにメッセージの内容を見せてもらった。
『どこ?』
短くそれだけ、その文字が何回も何回も送られてきていた。
これは会った時に説明の必要があるかなと思いつつ、せっかくの機会なので俺は肉を食べることに集中するのだった。
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