馬鹿はどこにでも居る
「……楽しかったなぁ本当に」
瀬奈の住んでいる場所から実家に戻ってきた雪はそう呟いた。
数カ月振りの兄との再会は雪にとってかけがえのない時間になったのはもちろんだが、刹那という新たな繋がりを得たのも大きかった。
連絡先に登録された刹那の名前、雪はいつ連絡しようかなとワクワクするほどだ。
「他の兄さんの友達に会いたかったけど、それはまたの機会かなぁ」
刹那からも聞いたが、瀬奈は学校であまり目立つような行動はしていない。
それにも関わらず強い絆を育んだ友人たちはそれなりに居て、更に言えば雪が思っているよりも瀬奈は強いらしい……いや、それについては雪も理解していた。
瀬奈がどんなスキルを持っているのか、どんな戦い方をするのか見たことが全くなかったとしても、自分の兄が強いかどうかなんて疑う理由がそもそもないのだ。
「お土産も沢山買ったし、母さんに色々と教えてあげないと!」
そう言って駆け出した瞬間だった。
「あれ、時岡さん?」
「……?」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには同級生の男子の姿があった。
彼は雪を見て嬉しそうに微笑んではいるものの、雪からすればクラスメイトとはいえ興味はない。
(……面倒だな)
率直な言葉を脳裏で呟く。
実はこの男子が雪に対して好意を抱いていること、それを雪自身が友人から教えられる形で知っていたのだ。
基本的に恋愛に興味はなく、尚且つ兄の瀬奈しか見えていない彼女にとって、ただのクラスメイトである男子のことを気にする必要がそもそもない。
「何かな? 早く帰りたいんだけど」
「せっかく休日に会えたからこれからちょっと遊べないかなって……」
好きな女の子と遊びたい、それは全然おかしくもなんともない感情だ。
だが雪は分かりやすく表情を歪め、手に持っている荷物を彼に見せるようにしてこう答えた。
「荷物をたくさん持っているのが分からないの? それに私、大切な人のところに泊まった帰りなんだよね。早く帰りたいから誘いには乗らないし、というか何もなかったとしても遊ばないよ」
「っ……」
「じゃあね」
全く興味がないと言わんばかりの雪の姿だった。
背を向けて歩き出した雪だったが、そこで何を思ったのか男子が後ろから近づいてくるのを感じた。
田舎とはいえ住宅街、大きな声を出せばすぐに人が来るのに馬鹿だなと思いつつも雪は全く慌てていない。
(あれ、なんで私はこんなに落ち着いているんだろう)
そう考えた時、腕に嵌めている腕輪が光り輝いた。
次の瞬間には雪の体は家の玄関までワープしており、雪は初めての経験に目を丸くしたものの、これが腕輪の力なのかとジッと見つめた。
「悪意が近づけば発動する……だっけ。兄さんったら本当に過保護」
嬉しそうに雪は笑った。
ちなみに、これは装備している者を守るだけでなく、隠された能力として悪意を持って近づいてきた相手にも何らかのトラウマを刻み付けるのだが……それを雪は知る由もない。
たとえ瀬奈が傍に居なくても、彼の妹を守るという想いはどこに居てもしっかりと雪を守っている。
「今度は夏休みかぁ……えへへ、楽しみにしよっと♪」
雪も然り、瀬奈も然り……こうしてフラグは立つのだった。
▽▼
雪が帰ってから数日が経過し、俺にとってはいつも通りの日々が戻ってきた。
学校では真一たちとわいわい過ごし、放課後がやってくればダンジョンに潜って弓の修練……そして刹那と一緒に過ごしたりと今まで通りの日々だ。
既に済んだことではあるものの、刹那の天使関係のこともあれから特に何もないし本当の意味で平和な日々を謳歌している。
「そっか。雪ともちゃんと連絡を取り合ってくれてるんだな」
「もちろんだわ♪ 毎日とは行かなくても夜寝る前の電話が楽しくてね。休みの前日は少し話が長くなって寝るのが遅くなるくらいよ」
学校終わりの放課後、須崎さんの経営する喫茶店で刹那と落ち合っていた。
俺も雪から刹那と夜に電話をしていることは聞いているのだが、どうやら俺が思っている以上に仲良くしてくれているらしい。
「嫉妬する? 妹を取られるかもって嫉妬してる?」
「しないよ。確かに雪は刹那のことが大好きかもしれないけど、俺よりはないだろうからな絶対に」
「あら……そうね。そこだけは絶対に勝てそうにないわ」
別に己惚れているわけじゃないけど、それだけはないと断言できる……逆にもしもそうなったら軽く泣くかもしれない。
「次に会える時が楽しみね」
「……なんだよ」
チラチラとこっちを見てくる刹那に俺はため息を吐く。
彼女が何を言いたいのか分かっているけど、そこまでかよとちょっと笑ってしまったが、それだけ雪のことを考えてくれていると思うと嬉しくなる。
「ま、夏休みだな」
「うん!」
あ、良い笑顔をいただきましたっと。
それからケーキと紅茶をいただいた後、俺は刹那と別れてダンジョンに向かうことにした。
向かう先はBランク階層、今日も今日とて打ち止めになった弓を極めるためだ。
弓術のレベルが上がらずとも、他に何か有用なレアスキルをまた手に入れられる可能性もあるので、このワクワク感があるうちは探索者を止めることは出来ない。
「……?」
そんな中、ダンジョンに潜って早々にピンチになっているパーティに遭遇した。
彼らが相手しているのは無数の狼の大群、五人居る内の三人が負傷しているようで放っておいたら大変なことになりそうだった。
「……久しぶりに見たな。Bランク階層ともなると敵も多いし強い、だからこそあんな風になる前の引き際が大事なんだがな」
とはいえ、見てしまったなら助けない選択肢はない。
俺は矢を放ちまくって魔弓を発動し、彼らを囲んでいた全ての魔物を射抜いた。
「……え?」
「なんだ……?」
呆然とする彼らの前に出ることなく、俺は奥へと進むのだった。
「……もしかして、俺の覇気にやられたのか?」
そんなことを呟く馬鹿が居たことに俺は気付かなかった。
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