取り敢えず柵は消えた

「へぇ、そう落着したのか」


 Sランク階層にて、俺が千条院から依頼を受けたとされる二人を拘束した翌日の放課後だ。

 俺が今居る場所はあのオカマのオーナーこと、須崎さんが経営している喫茶店でそんな俺の目の前には刹那が座っていた。


「でも、本当に驚いたのよ? いきなり連絡をしてきたかと思えば、千条院についてのことなんだもの」

「ま、早いとこ伝えた方が良いと思ったからさ」


 昨日のことは刹那にすぐさま連絡し、あの二人を皇の使用人に預けてから俺は寮にそのまま帰った。

 あのそこそこ実力のある探索者ではなく、白衣の男は千条院傘下の会社で働く研究者だったらしく、千条院から命令された赤い宝石の研究並びに調べた過程のレポートが大量に出てきたということで、昨日の時点で千条院とその父親は青い顔をしていたようだ。


「いい加減に付き纏うのを止めること、千条院と婚約をするつもりはない……そう言ったけど延々と利害関係のことについて力説されてしまってね。後少しで父が噴火する一歩手前だったのよ」

「それは……どうなったか興味があるな」

「やめてあげて。ただでさえ最近生え際が後退してるんだから」

「わお」


 それは是非ともストレスとは無縁の生活を送ってもらいたいものだ。


「はい。紅茶とケーキよぉ」

「あざっす」

「ありがとう須崎さん」


 須崎さんが紅茶とケーキを持ってきてくれたので、一旦話は休憩してのんびりとすることに。

 以前に二キロくらい増えたとかで早口になっていたくせに、刹那はいちごパフェを頼んで美味しそうに食べている……というか全然手が止まらないなこの子。


「なによ」

「いや……ま、良いんじゃないか?」

「……っ!?」


 どうやら俺の表情から察したようだ。

 刹那は一瞬手を止めようとしたものの、目の前の誘惑には勝てないようで顔を真っ赤にしながらパクパクと食べ進めていく。


「もう頼んだもの。ふんだ!」

「だから良いんじゃないかって言っただろ。つうか気にしすぎ……俺が言うことじゃないか」

「良いわよ別に。でも……確かに気にしすぎかもね」


 うんうんと俺は心の中で頷く。

 前も言ったけど刹那の体型は世の女性が望む理想だと思うし、男の俺からすればとても魅力的な体だと思っている。

 流石に褒める意味だとか、慰める意味で言うにしても良い体だとストレートに言うのはちょっと憚られる。


「……あら、ちょっと待ってね」

「あぁ」


 そこでちょうど、刹那のスマホに連絡が入ったようだ。

 相手は刹那の父親のようで、刹那の受け答えから千条院に関する問題はあらかた解決したみたいだ。


「……ふぅ、これで一件落着かしらね」

「良かったじゃないか。これでもう話しかけてくることはないんじゃないか?」

「そうね。どうも違法な取引なんかもしていたようで、それも全部明るみになったみたいよ。だから近いうちにニュースでやるでしょうね」

「……ふ~ん」


 日本を代表するとまではいかなくても、有名な千条院家の没落ってわけか。

 まさかその引き金を引くことになるとは思わなかったけど、それでも俺は悪いことをしたとは思っていないし、友人である刹那を助けることが出来たのだと思えば悪くない気分だ。


「……えっとね」

「うん?」


 ただ、何やら刹那が言いづらそうにしている。

 どうしたのかと彼女の言葉を待つと、刹那から伝えられたのはある意味で予想出来るものだった。


「瀬奈君のことを父が知っているわけじゃないんだけど、今回の功労者は間違いなくあなたということになっている。だから父がどうしても会いたいって……」

「……………」

「母が瀬奈君のことを知っているのもあって……仲間外れは酷いだろって言われてしまったわ」

「気が向いたらってことにしてくれ。今はいい……頼む」

「分かってるわよ……ちょっと残念な気もするわね」


 通りすがりのヒーローのおかげとでも思ってほしい。

 とはいえ、今の電話で確信した――これでようやく、本当の意味で刹那を取り巻く千条院の柵はなくなったわけだ。

 刹那はパフェにスプーンを添えながら難しそうな顔をして言葉を続けた。


「でもまさか、自分の中に眠る力が欲しかったなんてね。瀬奈君にも言ったけどそれは想定したことでもあったのよ。それでもちょっと複雑……万が一が起こったら、あの宝石の力で天使の力を暴走させた未来があったかと思うとね」


 あの赤い宝石は潜在能力を引き出す。

 実際に試してはいないが研究のレポートから刹那のように、何らかの形で人間の体に入り込んだ力さえも無理やりに目覚めさせることは一応可能だったらしく、もしもそれが実現していた場合刹那は天使の状態で傀儡となり、千条院の意のままに操られたかもしれない。


「自分の意志がなくて、ただ言われるがままに違う自分として生きる……初めてダンジョンの中に入った時にしか感じなかった恐怖、それを今私は感じてるわ」

「……………」


 そうなったら家族が黙っていないだろうと言いたくなったけど、それはこの場で言うことではないか。

 俺は心配するなと彼女に伝えた。

 目を丸くして見つめてきた刹那にこう言葉を続けた。


「そうならないのが一番だけど、仮にそうなったら俺が助けるよ。天使の力とはいっても結局は魔力が大元なんだろうし、ロストショットで魔力そのものを打ち消してやるさ」

「……瀬奈君」

「それで元通り……かは分からないけど、何とかするさ」

「何とかって……ふふ。それで私が探索者じゃなくなったらどうするの?」

「その時は……」

「その時は?」

「……どうにかなるんじゃない?」

「何よそれ」


 刹那は肩を震わせて笑った。

 確かに無責任だったかもしれない、それでも助けられるのなら魔力くらい安い物とは思うんだがな……ま、天使の魔力のみを撃ち抜くっていうことが出来れば一番良いんだけど。

 なんにせよ、千条院のことはこれで終わりなのは確かだ。

 あの赤い宝石についてもこれ以上のものは見つからないだろうし……とはいえ、まだまだ俺たちの知らない効果を秘めたアイテムがダンジョンの中にはいくつもあるのは確かだろうし、これから先特に何も起こらないことを祈るばかりだ。


「ありがとう瀬奈君」

「だから良いってば」


 それから妙に刹那の視線が優しくて恥ずかしかった。

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