中二心をくすぐるフォルム

 瀬奈にとって、魔物と人間を同時に相手する経験はなかった。

 それもそのはずで、魔物とは本来人を見つけた瞬間に喰らおうとする化け物であることは知られており、そこに意志はなく言葉など無意味だからだ。

 しかし、目の前で大剣を持った男とデュラハンが並んでおり……両者は完全に瀬奈を敵と見ている。


(まさかこんな経験をすることになるとはな……まあ良い、俺がやることは何も変わらない。デュラハンは仕留め、あの二人は拘束する)


 Sランクに近い実力だと思われる男、この階層において強者であるデュラハン、そして瀬奈の刀を見てビクビクしている科学者風の男……先に動いたのは相手だ。


「おらあああああああああっ!!」


 力任せに男が大剣を携えて跳躍した。

 そのまま頭上から振り下ろされた大剣を受け止めたが、やはり瀬奈の表情に変化はない。

 重さも速さも全て刹那の方が上だと思ったからだ――しかし問題はデュラハンの方だった。


「っ……」


 デュラハンの方は何も声を発さない。

 まあ声を出すための頭がないので当然なのだが、だからこそ表情を読んだりすることも不可能で、これがもしも実力の拮抗した相手であるなら難しい戦いを強いられるだろうなと瀬奈は素直に思う。


「くくっ、大した力の持ち主とは思ったが相手が悪かったなぁ!」

「それが?」

「ここに来た実力は確かだろうが、俺はSランクに近いAランク……くくっ、更に言えばデュラハンも一緒だ。お前に勝ち目はあると思っているのか?」

「ある」

「っ……なんだと?」


 確かに瀬奈からしても男は実力者だし、デュラハンに関しても同様だ。

 だが、瀬奈は負けるつもりは一切なく……ましてや自らが勝利するビジョンしか見えていない。

 それは圧倒的な力量差があるからという余裕ではなく、ただ貪欲に勝利のみを渇望する戦士のように、自分が彼らを下す未来しか見えていないからだ。


「……舐めやがって!」


 やはり人間は表情に出て分かりやすいと瀬奈は冷静だった。

 振るわれる大剣と斧の連撃を回避しながら瀬奈は彼らだけでなく、後方に下がっている白衣姿の男も視界に収めている。

 男の大剣を太刀で受け流し、反撃をするように腹に蹴りを入れた。


「ぐっ!?」


 僅かに後退した男と入れ替わるようにデュラハンの斧が襲い掛かる。

 デュラハンに関しては斧だけでなく、纏っている鎧に関しても頑丈そうで男のように蹴りを加えたところでビクともしなさそうだ。

 受け止めた斧を押し返すように力を込めると、その刃先に刀が食い込んでいく。

 デュラハンはそれを見て恐れたのか、すぐに瀬奈から距離を取って後退した。


「クソが……身体能力もやはり中々か」

「おい、大丈夫なのか?」

「戦えねえカスが黙ってろ!!」


 戦いの中で仲間割れというのは一番避けなくてはならないことだが、まあ瀬奈からすれば敵の仲間割れに興味はない。


「なあ、一つ聞かせてくれよ。本当に千条院のことで何も知らないのか?」

「知るかよ。千条院が皇の娘を欲しがっているのは分かる……くくっ、確かにあれほどの極上の女なら誰だってほしいだろうさ。なんなら、この依頼の報酬にあの体を少しくらい好きにさせてほしいもんだぜ」

「……………」


 男の言葉に瀬奈は分かりやすく表情を歪めたが、確かにあれほどの美女を前にすればそのような汚い欲望を抱くのもおかしくはないと理解は出来た。

 しかし、たとえそうなる心配がないとしても友人になってくれた彼女を、悩んでいた自分を励ましてくれた彼女に対して、堂々とそんなことを言われたのは気分が良いわけがない。


「長々と話をして悪かった――もう終わらせるよ」

「あ?」


 瀬奈の体が一瞬で消え、男はどこに行ったと視線を巡らす。

 そんな彼の元を一陣の風が吹き抜けたかと思えば、瀬奈は既にデュラハンの懐に潜り込んでおり、彼の持つ淡い光を放つ太刀が頑丈な鎧を切り裂いていた。

 デュラハンは苦しそうに切り裂かれた傷跡に手を当てた後、力を失ったかのように倒れ込んだ。


「な……なんだと?」

「一瞬で……おい!」

「だからうるせえ――」


 言葉を言い切る前に大剣を手にしていた男も倒れ込んだ。

 そして瀬奈は最後に白衣の男の背後に移動し、首元をトンと叩いて意識を失わせることに成功するのだった。


「……うん?」


 しかし、どうやらまだ戦いは終わっていないようだ。

 倒れ込んだデュラハンは姿を消失させることはなく、胸元に埋め込まれた赤い宝石が輝き出した。


「……おいおい」


 元から放っていた赤黒いオーラを撒き散らしながらデュラハンは立ち上がり、まるでオーラが形を作るように恐ろしさを感じさせる顔面を形成した。

 デュラハンではあるがデュラハンではない、そう思わせる異質な何かが生まれたことで、瀬奈はこれが赤い宝石の力なのかと考えた。


「潜在的な力を解放するとか言ってたか……こいつはもっと情報を持って帰らないとなぁ」


 顔面が形成されたことで凄まじい咆哮をデュラハンは放つ。

 大地すら揺るがせる轟音に瀬奈は一切表情を変えることはなく、居合の構えを取ってデュラハンを真っ直ぐに見つめた。


「中二心をくすぐるフォルムだけどここまでだ――これで終わらせる」


 顔だけでなく、巨大な黒い翼まで形成された。

 まるで堕天使のような出で立ちになったデュラハンを素直にかっこいいなと思いつつも瀬奈は刀を振り抜いた。


「冥月螺旋」


 静かに囁いた一言、その瞬間刀を振り抜いた瀬奈はデュラハンの背後に居た。

 スッと僅かに音を立てて刀は虚空へと消え去り、変化していた顔面と翼はデュラハンの体から消え去った。

 コロンと音を立てて落ちた赤い宝石を広い、これで終わりだと瀬奈は息を吐く。


「二人を連れて地上に戻って刹那に連絡するか」


 一先ず、これで一連の騒動は終わってほしいと願うばかりだ。

 そして何より、これで何かしらの真相が判明して刹那が千条院から絡まれる事態がなくなれば良いと瀬奈は思うのだった。

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