首無しの騎士

 Sランク階層はかなり広く、それこそ向かう先は永遠に続く深淵なんて呼ばれていくるくらいに広大だ。

 以前に奥の方に空中庭園があると口にしたことがあるものの、それはあくまで入口からかなり奥に進んだ場所でのことを言ったに過ぎず、日本語は難しいなと思いながら改めてダンジョンとはなんぞやって感じだ。


「……なんだ?」


 俺が今居る場所は空中庭園よりも手前だが、少しばかり道を逸れた先にある神殿だった。

 まるでアンデッドの巣窟のように見える不気味な神殿、その入口には色んな種類の魔物の死体が転がっており、何かがこの中に入っていったような跡が残っている。


「……………」


 明らかに何か起こっていることは確実だ。

 辺りに転がっている魔物は俺でも特に苦戦することはないが、それにしても綺麗に体を切断されている。


「……素材を剥ぎ取った跡もない。単純に殺しているだけだ」


 探索者ならば……いや、Sランク階層の魔物たちの素材は高級でこれだけの数の素材を持ちかえれば果たしてどれだけの金になることやら。

 つまり、この惨状を作り出したのは素材に興味のない人間か、或いは後から剥ぎ取って帰ろうと考えているか……後者はないな。

 既に肉体の存在価値を失った魔物の死体は順に消えて行っているため、後から剥ぎ取ろうとしたわけではなさそうだ。


『良く分からない先に進むのは恐怖を纏うだろう。しかし、己の中に絶対たる意志がある限りそれは折れない勇気となる』


 蘇るレギオンナイトの言葉に俺は苦笑した。

 別に恐怖はないがこの中に何かがあることは分かっており、そして間違いなく戦いになるだろうことも直感した。


「……そうだな。お前を握っている以上、敗北は許されない――つまり、俺は何が相手でも負けない」


 それは果たしてイキっているのか、それとも調子に乗っているのか。

 しかし敢えて言うならばそのどれでもない――俺にはそう在れる力がある、そうやって自分のことを信じているだけだ。

 俺は特に緊張することなく神殿の奥に進む……すると、数人の人影があった。


「……学生じゃないな。何してんだあれは」


 そこに居たのは学生ではない見るからに大人だった。

 数は二人で、その二人に先に居るのがあの時を彷彿とさせる赤黒いオーラを放つ魔物……しかもこのSランク階層において最強の一角とされるデュラハンだった。


(赤黒いオーラを放っていた魔物は狂暴だったはずだ。しかも二人も餌になる人間が目の前に居るってのに沈黙している)


 何を話しているのか分からないが、少なくともあのデュラハンについて何か知っているのは確実だろう……それに、片方の男の手にあるのは赤い宝石で、もしかしたらあの一連の出来事は奴らが原因か?

 俺は少しばかり近づき、何とか話し声が聞こえる場所まで向かった。


「しかし、千条院からの依頼にも困ったものだ。この赤い宝石の効果は教えてもらったが……まさか人の手で魔物を従える方法の実験とはな」

「それだけでなく、潜在的な力も引き出すことが目的だからな。普段から抑えられていた力すらも解放させて思いのままにさせる効力を引き出す……やれやれ、何に使うか教えてほしいものだが」


 これ、完全に千条院が黒ってことじゃないか?

 取り敢えず奴らがどうして学生専用のダンジョンに居るかだが……まあ推奨というか、許可がない以外で入ることは許されないものの、逆に許可を取るか何かしらの工作を用いれば中に入ることは出来る。

 もしも中で生徒が行方不明になった場合に大人の探索者が救出側となって入ることもあるので今更感はあるけど。


「しかしこの高ランクの化け物であるデュラハンですら操れるとは凄いな」

「千条院の坊ちゃまが持つレアドロップの確率上昇スキル……正に【レアドロップ】の力ってところか」


 へぇ、千条院はそんなスキルを持っていたのか。

 しかも以前に二つ回収しているので目の前のを合わせれば三つ……なるほど、もしかしたらいくつもあのアイテムを手に入れたのかもしれない。


(隠された力を引き出し思いのままにする……か)


 その言葉を聞いた時、俺の脳裏には刹那が思い浮かんだ。

 これはあくまで俺の勝手な想像だけど、刹那の中に眠る天使の血に対しても干渉出来るのだとしたら……それこそ、天使そのものが魔物というカテゴリーとして判断されるのならこの宝石は刹那に対しても作用することになる。


「……ま、あくまで予想の範疇だけどさ――だからこそ」


 少しばかり話を聞かせてもらうことにするか。

 俺は懐からとあるアイテムを取り出す――それはオーキッドマスク、魔法に対してそれなりに耐性があるだけのマスクだが顔を隠すだけなら十分だ。


「おい」


 サッと降り立った俺に二人はすぐに視線を向けてきた。

 二人ともかなり驚いたようだが、片方の男は研究者……そしてもう片方の男は高ランク探索者、もしかしたらSランクの領域に片足を突っ込んでいるかもしれない。


(近づいて分かったけどジャミング系のアイテムを持ってるな。道理でスマホでの撮影も含め、録音系のシステムもバグってたわけだ)


 後ろ暗いことをしているからこそ身バレを警戒していたんだろう。


「色々と話は聞かせてもらったぜ? 千条院が云々、力を引き出して支配する云々気になることが盛沢山だったな?」

「てめえ……学生か?」

「ここまで一人で来れるだと? 調べでは確か……」


 ま、調べても分からないだろうなぁ。

 見るからに強そうな大柄の男からは常に視線を外さず、俺は更に言葉を続ける。


「大人であるアンタたちがここに居ることも教えてもらおうか? いや、俺が聞くよりも捕まえて組合に引き渡した方が確実かな? そうすればアンタたちのバックに誰が居るのかもすぐに調べが付くだろうさ」

「はっ、やれると思ってるのか? ある程度やるようだが学生ごときがイキがるんじゃねえぞ――やれ」

「かわいそうだとは思うが……まあ、目撃者には消えてもらうとしよう」


 白衣の男が宝石を掲げると、動きを止めていたデュラハンが動き出した。

 ただでさえデカい図体よりも更に大きなハルバードを構え、更に探索者の男も大剣を構えた。


「正義感に動かされたか? それとも調子に乗ったか……どちらにせよ、もう少し上手に生きた方が良かったなぁ?」


 こいつら……完全に勝った気分でいやがる。

 俺は小さくため息を吐き、改めて先ほど虚空へと仕舞った刀を呼び出した。


【無双の一刀】発動


 相手は高ランク探索者と魔物……流石に弓でどうこう出来るレベルではない。

 どこまでやれるのか試したい気持ちもあったけど、妹に心配するなと手紙を書いた以上そのつもりはなくても相手を舐めるのは許されない。


「なんだそいつは……」

「この魔力量……」


 取り敢えず、とっとと黙らせることにしよう。

 そして何が起こったのか、何をしようとしていたのか、それを吐かせて刹那の両親に動いてもらうのが一番な気がする。


「取り敢えず斬る――行くぞ」


 みねうちは約束するから安心してくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る